第17章 前期の終わりに向けて

第108話 学校の内側

 セントラルの大会議室、3回生の遠征についての報告がなされていた。左右に分かれて各学年を代表する教員と、3回生の担当に限ってはすべての教員が出席していた。


 席の中心に座するのは、長い白髪に、同じく真っ白な髭を長く伸ばした老人。彼はセントラル魔法科学研究院学長のアウル。

 しかし、この名は彼の本名ではなかった。セントラルは代々、学長に就いた者に「アウル」の名を襲名させている。すなわち、この学校の学長はすべて何代目かのアウルなのだ。


 彼に向けて、報告をしているのは3回生学年主任のアフォガード。他の教員たちは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。


「――遠征に出た3回生は、皆無事に本校へと帰還致しました。しかしながら、道中に魔導書グリモワを失った生徒が3名。失いはしませんでしたが、それ目的と思われる盗賊に襲われたパーティが1組ございます」


 彼の声は広い会議室の中ではいつにも増して聞き取りづらいものとなっていた。向かいの席に座る教員たちは身を乗り出すようにして声に耳を傾けている。



 アフォガードは魔導書持ち出しの奇妙な噂を知ってから、即座に遠征中の学生たちへと連絡をとり状況確認を行った。その段階では、魔導書を持ち出ししている者こそいたが、盗難や紛失といった被害は出ていなかった。


 早い段階で彼は協力ギルドに連絡をとり、不測の事態に備える動きをとっていた。彼の迅速な判断によってわずか3冊、3名の被害に抑えることができたと見るべきか、それとも3冊も失ってしまったと見るべきなのか? 会議室の教員たちは各々の考えを頭に巡らせていた。



「まずは――、学生たちに負傷者が出なかったことを喜ぶべきですね。本校の魔導書3冊がどこかへ流れ出ていくのは由々しき事態ですが、生徒たちの身の安全に勝るものはありません」



 学長アウルは落ち着いた口調でそう言って、アフォガードに席に着くよう促した。魔導書自体は、学内の倉庫にて厳重に保管された予備が存在する。魔導書を失った学生たちには改めて支給される予定となっているようだ。


「魔導書を狙った盗賊の3名を協力ギルド『ブレイヴ・ピラー』の者が取り押さえてくれましたが……、情報の元を辿るには至りそうにありません」


 アフォガードは捕縛された盗賊の情報を付け足して話を終え、席に着いた。

 

 スピカたち一行を襲った盗賊は、王国の衛兵団に引き渡されて尋問を受けている。しかしながら、彼らはあくまで末端の「雇われ」であり、幾重もの人間を経由して依頼を引き受けていた。そこから大元へ行き着けると期待している者はほとんどいない。



「学内の噂の元を見つけるのも困難を極めそうです。どの学生に聞いても、いつ誰から聞いた話なのかは非常に曖昧で一貫性がありませんから」



 次に発言したのはエクレール。彼の報告に対してはいくつかの唸り声が返ってきたが、そこから議論が展開される様子はなかった。



「魔導書狩りに関しては、王国も調査を進めています。特に本校のものが標的になりやすいようですからね。先生方は今一度、魔導書の管理の見直しと、学生たちへの注意喚起をお願いします」


 教員一同は、学長の言葉に黙って頷く。魔導書を失ったことも当然だが、なによりセントラルの学生が何者かの標的となっていることが捨て置けない事態と彼らは考えていた。




「アフォガード先生のおかげで被害を最小にできたのだと思いますわよ? 私は事態をあまり重くみてませんでしたから、反省しないと――」


 全体の会議を終え、席を立ちながらティラミスは隣りのアフォガードに話しかけていた。


「まったくです。アフォガード先生が気に病むことはありません。ですが――、これを機に難癖をつけてくる者もいるでしょうね?」


 3回生学年主任アフォガード、彼は次期学長候補の1人でもあった。現学長が引退する話はまだ上がっていない。それでも、すでに次期「アウル」を争う動きは学内の水面下で行われている。


「ティラミス、エクレールよ? 大きな声では言えんが、今回の一件……、学生だけの仕業とは思えん」


「心得ています。教員……、すなわち我々の中に魔導書狩りと内通している者がいると考えるのが自然です」


 エクレールの答えに、アフォガードは頷きはしなかったが否定もしなかった。


「我々は皆、志を共にして働く者たちだと信じたいが……、すべてに疑いの目を持ちなさい。それは役職・立場に関わらず、だ。私であろうと、学長であろうと、不信に思えば独自に動く意思をもっておきなさい」


 アフォガードの言葉にティラミスとエクレールは、決意のこもった目をもって無言で頷くのだった。

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