◇間奏13

「「マルトー…くん?」」


 スガワラとラナンキュラスは同時にパララの口にした名前を反芻し、互いに顔を見合わせた。そして、ほぼ同時にその「マルトーくん」へと視線を向ける。


「やっぱり私を尋ねてまわっていたのはマルトーくんだったんですね! トゥインクルの人から話を聞いて、もしや……、とは思っていたのです」


「パっ…パララ・サルーン嬢があんまりに実家へ戻られないから我は心配しておったのです。正面切って行くと逆に避けられる気がして、名を伏せておったのじゃが――」


「名前を隠したりしたら逆に怪しまれますよ! まったくマルトーくんは変わりませんね!」



 スガワラはパララとマルトーの会話に違和感を感じていた。あのパララ・サルーンがまったく狼狽うろたえずに話をしているのだ。それも、これまで見たこと……、いいや、聞いたことないくらいに遠慮のない話し方で――。


 彼はこの雰囲気をどこかで見覚えがあると思っていた。程なくしてそれがなにかを思い出す。それはラナンキュラスとカレンが話をしている姿にどことなく似ているのだ。



「あの――、失礼ですが、おふたりはどういったご関係で?」


 彼はふたりの会話の隙を見て尋ねていた。すると、彼らはお互いの顔を見たあとにスガワラの方を振り向いて一緒に口を開いた。


「お友達です!」

「婚約者じゃ!」


 2人は同時に別の言葉を発した。そして、マルトーが発した言葉の方がこの場を空気を支配する。



「……婚約、者?」

「婚約者?」



 スガワラとラナンキュラスは、今度は同じ言葉を違う速さとリズムで口にした。


「ちっ…違います! 私とマルトーくんは単なる幼馴染です! 婚約者なんかじゃありません!」

「なにを言われるか、パララ・サルーン嬢! 我々の婚約は幼き日に互いの両親も認めてくれたではありませぬか!?」

「あれは両親が冗談を真に受けただけです! 少なくとも私にその気はありません!」

「なっ…、なんと悲しいことを言うのか、パララ・サルーン嬢よ!」



 スガワラとラナンキュラスはふたりの会話が落ち着いたところで、改めてマルトーに自己紹介を求めた。

 元は名乗ることを拒絶していた彼だが、パララによって名を明かされ、隠す意味はないと思ったのか、今度はすんなりと要求に応じるのだった。



「おほん! 我の名は『マルトー・ポチョムキン』! 王国に仕える貴族『ポチョムキン家』の男児だんじであるぞ!」


 スガワラは、マルトーが「貴族」と聞いてなにか腑に落ちた気がした。彼を包む高価そうな衣服と高慢な態度が、特別な身分を物語っているように思ったからだ。


「……ポチョムキン」


 スガワラの横、ラナンキュラスはとても小さな声で彼の名を呟いた。


 マルトーは自身の身分を明かすと、ついでとばかりにパララの家柄についても話始めた。

 セントラル魔法科学研究院を卒業して、しばらく魔法使いとしてフリーの活動をしながら紆余曲折あって魔法ギルド「トゥインクル」に所属したパララ。彼女がフリーの期間にラナンキュラスの酒場を訪れたことから、スガワラたちとの交友関係は始まった。


 ――とはいえ、彼らはパララ・サルーンについてそれほど多くを知っているわけではない。彼女がどこからやって来た魔法使いなのか、スガワラとラナンキュラスは今日初めてそれを知るのだった。




「パララ・サルーン嬢も我と同じ貴族の令嬢なるぞ。それが魔法使いになると言って家を飛び出し、我は心底心配しておったのじゃ」


「パララさんって――」

「パララ、御貴族のご令嬢……だったのですか?」


 スガワラとラナンキュラスは同時にマルトーからパララに視線を移す。パララは照れくさそうに視線を少し逸らして、前髪をいじりながら話始めた。


「かっ…隠してたわけじゃなく……、そっその、話すきっかけがなくて――」



 パララ曰く、「サルーン家」と「ポチョムキン家」は古くから交流のある貴族らしい。ふたりは年も同じで、幼い頃からの友人のようだ。

 サルーン家の当主は、周りが引いてしまうほどの「親ばか」で、パララが魔法使いになりたい、と言ったときも二つ返事で許可を出した。



『我が娘なら、世界一の魔法使いになれるであろう! 家のことはよい! その才能を世のため、人のため大いに振るって来るがよい!』



 こうしてパララは、魔法使いになる夢を叶えるため親からの惜しみない援助の元、勉学に励み現在に至っている。

 もっとも、「世界一」かはともかく、パララに人並み外れた魔法の才覚があったことは事実であり、そこに関しては単なる親ばかではなかったのかもしれないが――。


 スガワラは、パララが貴族と聞いて妙に納得するところもあるようだった。彼女のどことなく世間ずれしたところはきっとそれ所以なのだろうと――。



「……ふふっ、ポチョムキン」



 スガワラの横に立っているラナンキュラスは、先ほどから何度も小さな声で「ポチョムキン」と繰り返している。よくよく見るとその表情は笑いを必死にかみ殺しているかのようだった。


『ラナさん……、ツボに入ったのかな?』

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