第100話 渇き

 遠征帰りの翌日は、魔法使い専攻の授業はすべて休講になっていました。アトリアは先日カレンさんからもらった写し紙を肌身離さず持ち歩いているようです。


 授業が休みであっても寮に泊まっている以上、お掃除の当番はまわってきます。あたしとアトリアは手慣れてきた掃除を終わらせて朝食をとります。

 あたしはいつも通りパンを3個もらい、アトリアもいつも通りで1個だけなのですが、コップを3つも借りてきて全部に水を並々汲んでいました。


 不思議そうに見つめるあたしに気付いたのか、彼女は頬に人差し指を当てながら少し首を捻って答えました。


「……なんだかわからないのだけど、無性に水が飲みたいのよ? 遠征に出てたときもそうだった。どうしてこんなに喉が渇くのかしら?」


「よくわかりませんが、水をたくさん飲むのはいいことだと思いますよ!」


「……ええ、水だものね? 害はないから構わないか」



 アトリアは食後も水のおかわりを汲みにいきました。あたしは先に食器を載せたトレーを返却して席でゆっくりしています。今日は授業がありませんが、遠征のレポートをまとめないといけません。


 そんなことを考えているとき、後ろに人の気配を感じました。振り返ると、あまり見覚えのない女子生徒が2人ほど立っていました。あたしをチラチラ見ながらお互いになにか確認をしているようです。


「あなた、『スピカ・コン・トレイル』さん?」


「はい! あたしがスピカです!」


 ふたりは、あたしがスピカだとわかると顔を見合わせて頷いていました。


「今から少し時間ある? ちょっと付き合ってほしいんだけど?」


「大丈夫ですよ!」


 なにかわかりませんが、思わぬ予定ができてしまったかもしれません。セントラルの生徒はたくさんいますので、同級生でもまだまだ知らない人が多いです。



「……先に要件を言いなさい? 顔見知りじゃないでしょう?」



 いつの間にかアトリアが戻って来ていました。お水を飲み過ぎたのか、片手でお腹を押さえています。


「私たちもよく知らないのよ? ただ、スピカ・コン・トレイルと話したいってが――」


「……あの人? それが誰なのか教えて?」


 2人の女子生徒は首を捻って悩んでいます。たしかにこの人たちとは面識がありませんから、誰に呼ばれているのか気になるところです。



「――アルヘナ・ネロスでしょ? あなたたち、彼の『太鼓持ち』だものね?」



 そう言って現れたのはシャウラさんです。「太鼓持ち」の言葉に2人は一瞬、むっとした表情を見せました。


「……アルヘナがスピカを呼んでるの? どうして?」


「しっ、知らないわよ! 私たちはただ――」


「訳もわからず言われるがままにやってくるから『太鼓持ち』って言われるのよ? 気付いてないわけ?」


 シャウラさんがせせら笑うような言い方をするので、なぜかこの場が少し険悪な雰囲気になってきました。あたしは状況がよくわからず戸惑ってしまいます。


「とりあえず、あたしがアルヘナさんに会ってきたらいいんですね!? でしたら案内して下さい!」


 場を収めようとあたしは立ち上がって、案内について行こうとしました。ですが、アトリアがそれに待ったをかけます。


「……別にここ女子寮じゃないんだから、アルヘナが自分で来たらいいでしょう? 使いを寄こすなんて何様のつもりかしら?」


 アトリアとその隣りに立つシャウラさんに気圧されてか、2人はなにか捨て台詞を言って去っていきました。



「えっと……、あたしがアルヘナさんところに行ったらよかっただけなのでは?」


「スピカ・コン・トレイル、アルヘナのわがままに付き合わなくていいのよ? 用があるならアトリアの言う通り、自分で来たらいいだけじゃない?」


「……そっか。スピカ、あなたアルヘナのこと――、『ネロス家』についてあまり知らないのね?」

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