第15章 再会と残された出会い

第96話 休憩

 スピカたち一行はユージンとランギスに校門前まで見送られ、無事にセントラルへと戻った。

 さまざまな困難に遭遇し――、特に先日の魔導書グリモワ狩りに襲われた一件は、まだ学生の彼らに、肉体的にも精神的にも大きなダメージを残している。



 帰りの道中、スピカはランギスへ楽しそうにギルドの話を尋ね、強面のユージンにも遠慮なく話を振っていた。

 これには残りの3人も驚いていた。1日休んだとはいえ、彼らにはまだまだ疲弊があったようで、帰りはさすがに口数が少なかったのだ。


「ははっ……、スピカの体力は底無しだな。さすがのオレもびっくりだぜ?」


「体力――、より精神力なのかな? 僕らが思っているよりずっとタフだね」


 ゼフィラとサイサリーが駅馬車に揺られる中、わずかに交わした会話。隣りでベラトリクスは、道悪の揺れをものともせず寝息を立てて眠っていた。



 学校に戻って彼らを待っていたのは素材の納品――、の後の長い長い聞き取りだった。一時したところで教員の1人、ティラミスが彼らの疲労を考えて中断させ、解放されるまでに1時間程度、「魔導書狩り」についての話をしていた。



「いろいろあったけどよぉ、終わってみれば『いい経験』になったんじゃねぇか?」


 各々が寮の部屋に戻る途中でベラトリクスがこう言った。


「そうだね? ベラトリクスが所持金をまるまる盗まれたところから始まって……、本当にいろいろあったよ」


 サイサリーの言葉に、口を尖らせるベラトリクス。当分はこれを言われ続けるだろうな、と彼は内心思っていた。


「ただ――、剣士の人らが助けに来てくれたからよかったけどさ。かなり危ないところだったよな、オレたち? 本気で襲ってくる人間はある意味、まものよりが悪いぜ」


「あたしは――、皆さんがせっかく戦おうとしてくれたのに魔導書を手放してしまって申し訳なかったです」


 スピカの言葉に一同は沈黙した。彼女はきっと機会を見てこれを伝えたかったのだろう。珍しく表情を曇らせている。ただ、ユージンとランギスがいたからなのか、ベラトリクスが寝ていたからなのか、機を逃していたようだ。


「スピカは――、スピカなりの判断でオレらを守ろうとしてくれたんだろ? 終わりよければいいんだよ?」


 ゼフィラの明るい口調にスピカの表情は晴れていった。サイサリーもベラトリクスもそれを見て無言で頷くのだった。



◇◇◇



 アトリアのパーティは今回の遠征でもっとも早く帰還し、休息をとっていた。


 彼女が部屋でくつろいでいるところにスピカも帰って来て、開口一番大声で名前を呼ぶのだった。


「アトリアっ!」


「……なに?」


「アトリアっ!!」


「……だからなにって?」


 首を傾げるアトリアと、楽しそうにしながら真正面から見つめてくるスピカ。数秒の間の後、アトリアは気付いた。

 そういえば、彼女はいつも「アトリア」と呼んでいたような……。


「……遠征でみんなに『遠慮はいらない』とでも言われた? いいわよ。『アトリア』で?」


「――チャトラっ!」


「……あなたね?」



 スピカとアトリアはお互いの遠征について語り合った。――とはいえ、アトリアの方は至極あっさりした内容だった。

 シルベーヌ山、麓の針葉樹林に到着した彼女のパーティは現地のレンジャーの知恵を借りて、そうそうにオオカミと遭遇する。しかし、遠くに現れたオオカミとの距離を如何にして詰め、魔法で仕留めるかが課題になると思われた。


 ただ、この日のアトリアは魔法が冴えに冴えていた。通常の射程より明らかに遠い距離から下級魔法をオオカミに直撃させ、早々に生け捕りに成功したのだ。


「……なんだかわからないのだけど、不思議と多少遠くても当てられる気がしたのよ。たまたまでしょうけど、調子が良かったみたい」


 スピカは、素早いオオカミを一撃で仕留めたことに、訳の分からない形容詞を織り交ぜながら褒めちぎった。実は、遠征の現場でもシャウラをはじめとしたパーティの仲間から賞賛されており、アトリアは珍しくほんの少しだけ得意になっていた。



 彼女の体験とは対照的にスピカの遠征は波瀾に満ちていた。


 最初に休憩をとった町で支給されたお金とアイテムを失うところから始まり、まもの討伐、魔導書狩りの盗賊と遭遇と、むしろこれだけの内容がわずか3日の内によく詰め込まれたものだといった内容だった。


「……遠征の内容、たしかレポートにまとめて提出だったよね?」


「はい! そのはずです!」


「……スピカの遠征、いろいろと心配になるわ」


 ある意味、誰よりも濃密な遠征を経験したであろうスピカ一行。何度も危険に遭遇したとはいえ、彼女が無事に戻ったことに安堵するアトリア。

 ただ、スピカの話にあった「魔導書狩り」の話は気になっていた。アトリアも遠征に魔導書グリモワを持ち出した者の1人だからだ。


 場合によっては、自分たちのパーティも襲われていた可能性があったのではないだろうか?


 元々、アトリアは遠征に魔導書を必要と聞いて疑問をもっていた。加えて、スピカが遭遇した魔導書狩りの話だ。そこに陰謀めいたものを感じても不思議ではない。


『……まさかと思うけど――、魔導書を奪うため学校に妙な噂が流されたなんてことあるのかしら? さすがに考えすぎ?』



 その時、彼女たちの部屋のドアにノックの音が響いた。



 考え事で意識が離れていたアトリアは、その音に一瞬心臓が跳ね上がった。


「誰でしょう?」


 スピカが首を捻りながら、ドアに駆け寄っていく。



「アトリアさん、いらっしゃいますか? 私ですぅ、ポラリスです」



「……ポラリス? 一体なんの用かしら?」

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