第93話 悪手
「スピカ! 君は――」
サイサリーがなにか言おうとするのをスピカは制する。
「争わなくていいならそれが一番です! ベラトリクスは今のうちに傷口に薬草を!」
相手の男たちは、前の2人がそのままスピカたちに剣先を向けたまま、後ろに控えていた者の1人が前へ出て、スピカの放った鞄を回収している。中身を確認した男は周りを見て小さく頷いた。
「
一瞬、安堵の表情を見せたスピカ。だが、相手の男たちが剣を降ろす気配がないことに表情を強張らせた。
「当たり前だぜ、スピカ? 魔導書受け取って『はい、さようなら』とはならないさ?」
ゼフィラは完全に戦う決意のこもった顔付をしていた。少し前に気持ちを固めたつもりではいたが、さらにスピカの魔導書を取り戻す、明確な「目的」が生まれたのだ。
「殺すつもりはない。ただ、我々がここを離れるまでの時間が必要だ。悪いが少し痛い目をみてもらう」
「いい大人が学生に向かって吐く台詞か? そう簡単にやれると思うなよ?」
ゼフィラは小刻みなステップを踏みながら一歩前へ出る。剣で斬りかかってくる相手を止められるのは今、自分しかいないと思ったからだ。
「スピカ? サイサリー? なんでもいいから適当に援護を頼むぜ。絶対、拳を叩き込んで魔導書取り戻すからよ」
無言で頷くサイサリー。そして、魔導書を手放すことで収拾を付けるつもりでいたスピカは動揺を隠せないでいた。
剣を構えた男たちは、明らかに有利な状況であるにも関わらず、不用意に斬りかかってこない。それが逆に、彼らの不気味さを際立たせていた。少しずつ、着実にスピカたちを追い詰めようとしている。
――ただ、この状況に限って、彼らの選択は悪手だった。
「 ゴルァっっ!!!! 」
先ほどスピカの発した大声とは、また毛色の違った大声が辺りに響き渡った。いや、声量だけならそれほど大差はなかったのかもしれない。だが、声の質――、大声と共に伝わってくる圧倒的な威圧感がスピカのそれとは異なっている。
一瞬、時が止まったかのようにスピカたち、そして剣を持った男たちも動きを止めた。周りを囲む林から野鳥が鳴き声を上げて飛び去って行く。
「――誰だ、あの男たちは?」
剣を構えた男の1人が、スピカたちのさらに向こう側を見ながらそう言った。彼の言葉を聞いて、前に注意しながらもゆっくりと後ろに視線を向けたスピカ。
彼女の目に飛び込んだのは、見覚えのない2人の男。1人は恰幅の良い優しそうな男、そしてもう1人は、彼とは対照的に目付の鋭い強面の男だった。スピカはひと目見て、声の主がどちらなのか察した。
「いやいや、大変な事態になってますね! 間に合ってよかったですよ? おや、怪我をしている子がいますよ!? すぐ応急処置をしますからね!」
太った男は、ベラトリクスに駆け寄ると手から淡い光を放った。
「ちっ…治癒の魔法? おっさんは一体?」
ベラトリクスは突然現れた男に困惑していた。ただ、怪我の回復をしてくれている以上、魔導書を狙ってきた男たちの仲間ではないとだけ理解した。
「僕たちは学校から頼まれて、学生さんたちの護衛にやってきた者ですよ。学校の先生も『万が一に備えて――』と仰ってましたが、危ないところでしたね?」
「――ってぇと、もう1人の
ベラトリクスは、治癒を施してくれる男とは明らかに異質の空気を放つもう1人の男に目を向けて尋ねた。
「そうですよ! 僕はランギスと言います。それで顔の怖い方はユージンです! 僕たちが来たからには安心して下さいね?」
ユージンはスピカたちには目もくれず、剣を構えた男を睨んでゆっくりと歩いていく。スピカ、サイサリー、ゼフィラは順番にユージンへ道を譲るかの如く、後退っていた。
「こっからは俺らの仕事だ。お前らはすっこんでろ?」
ユージンはすでに鞘から剣を抜いている。片刃のそれは「
一方の刀は、「斬る」に全ベクトルを振り切っている。相手が例え、鎧で身を固めていようとも、わずかな隙間から斬る、そういった武器だ。
彼は刃先を地面に向けた、下段の構えをとって視界に2人の男を捉えていた。
「お嬢ちゃん、坊ちゃんに1つだけ忠告だ。血ぃ見たくなかったら目を背けてな」
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