第92話 それぞれの決意

 全力疾走で山道を下るスピカたち。若さゆえか最初こそ追っ手を引き離していた。だが、距離をそれなりに走ったところで急に失速していく。彼らは朝から山の8分所まで登山して、今度はここまで下山をしてきたのだ。自分たちが思っている以上に体力を消耗しているのだ。


 山のほとんどを下り切り、あとは町まで駆け抜けられれば――、というところまでは来ていた。しかし、そこまで来たところでついに魔導書狩りの盗賊と思しき4人に追い付かれてしまったのだ。



「 ああーーーっっ!! 」



 スピカは突然大声で叫び出した。ひょっとしたら町まで声が届かないか、異変を察知して誰かが来てくれないかと思ったようだ。


「――スピカ、やめとけ。こうなりゃ、こいつらぶっ飛ばすだけの話だ」


 呼吸を整えながら、ベラトリクスは再び4人の敵の前に立つ。ただ、彼の左手からは明らかに先ほどより多くの血が流れていた。


「ベラトリクス!? それのどこがかすり傷だ!? 無茶をするな!」


 サイサリーは彼を押し退けるように後ろへ下がらせ、自分が前に出る。その横にゼフィラが立った。


「こんなにバテバテになるなんてな、さすがにちょっとスタミナを過信してたみたいだぜ?」


 体力自慢のゼフィラも呼吸を乱している。これほどの体力の消耗は当然、魔法の詠唱にも大きな影響を及ぼす。

 さらにベラトリクスの怪我は思っていたより深いものだった。戦力が4から3になり、全員万全とはほど遠い状態。


 対して相手は、明らかに魔法使いの彼らに対策をとってここに来ている。相手の技量がわからないものの、スピカたちが不利な状況に追い込まれているのは明らかだった。


 相手の男2人が剣を構えて、じりじりと距離を詰めてくる。残った2人は魔法の準備をしながら前の男たちに身を隠すようにしていた。



『なるほどね、後ろの2人は防御要員か。全然攻撃してこないからおかしいと思ったよ?』


 サイサリーは、相手が完全に魔法使いを討ち取ることを目的とした編成だと気付いた。後衛2人は魔法で攻撃するためにいるのではなく、魔法使いの攻撃から前2人を徹底的に守る役割でいる。


『妨害が2度通じるとも思えない。ゼフィラがいくら拳闘の心得があるといっても、武器を手にした男を相手にするのは無理があるだろう。さて、どうしたものか』


 ゼフィラは近付いてくる男2人を注視しながら、なにか打開策がないかを考えていた。構えと漂う気配から、目の前の男たちが剣の素人とは思えない。彼女は拳闘で戦えるといっても、それが本職ではない。剣の使い手相手に1対1であっても五分でやれるか自信はなかった。


『ここまできたら考えても仕方ないな、オレの拳がどれだけ通用するか試してみますか……』


 ベラトリクスは、サイサリーとゼフィラの背中を見つめながら身体が思うように動かないことに歯噛みしていた。全力で走ったのとは別に、左手の傷は彼が思っている以上に確実に体力を奪っているのだ。



 サイサリーが――、ゼフィラが、戦いの意を決したとき、彼らと剣を手にした男たちの間になにかが落下した。


 それはスピカが背負っていた鞄だった。



「その中に魔導書グリモワが入っています! 差し上げますから見逃してください!」

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