第91話 目配せ

「グラベル!」


 サイサリーは最速で下級魔法を詠唱、相手の真正面に石礫いしつぶての弾丸を放つ。しかし、敵の後衛に控える者がすぐに結界を展開してそれを防御した。サイサリーの読み通り、彼らは剣を手に持った魔法使いだった。


 ただ、サイサリーは自身の魔法が防がれるであろうことを予想していた。呪文を放つ瞬間、隣りにいるスピカに目配せをしていた。そして、サイサリーの魔法が視界に入ったとき、ベラトリクスもゼフィラへ視線を送っていた。



「ブライトっ!」



 昨夜のまもの討伐でも用いたベラトリクスの妨害魔法。まだ陽の高い今ではあまり強い効果は見込めない。それでも、刹那の時を稼ぐには十分だった。


 スピカの魔導書を狙っていた4人組はほんの少しの間、視界を失っていた。彼らが次に目を開いたとき、先ほどまでスピカたちが立っていたところには炎の壁が立ちはだかっている。


 後ろに控えていた2人の魔法使いが鎮火すると、その先には背を向けて逃げるセントラルの学生4人の姿があった。



「ふん! ゼフィラが前に出たことで本気で戦うと思ってくれたみたいだ」


「ナイスなフレイムカーテンだぜ、ゼフィラ! よくオレの合図に気付いてくれたなぁ?」


「わかるさ! あんな物騒なモノ持った連中と正面からやってられるかっての!」


「皆さんが戦うつもりじゃなくて本当によかったです! 町まで降りたら警備隊の詰所に駆け込みましょう!」



 スピカは最初気付いていなかったが、サイサリーは最初から戦うつもりはなかったのだ。彼は状況を説明しながら「戦うべきではない」と暗に示唆していた。サイサリーの言葉の真意を汲み取ったゼフィラは、あえて臨戦態勢をとってみせた。こちらの目論見が相手に気付かれないようにするために。


 相手が先手を打ってくる気配がなかった時点で、ベラトリクスは妨害魔法を使っての逃亡を頭に入れていた。サイサリーの話からおおよその意思を理解した彼は、「オレに続け」と視線でゼフィラに知らせたのだ。


「とりあえずは上手くいったけど、それほど時間も距離も稼げないと思う。ここからは体力勝負かもね」


「だったら一番心配なのはサイサリーだろ? オレとスピカは大丈夫だ! 怪我してるベラトリクスはいけそうか?」


「かすり傷だって言ったろ? それに男の体力をあんまり舐めんなよ、筋肉女!」

「そこだけはベラトリクスと同意見だ。僕だって人並み以上に走れるよ」


「思ってた相手と違いますが、追いかけっこなら誰にも負けませんよ!」


「こっから先は本気の競争だ! しゃべって舌噛んでも知らないからな!」


 スピカたちは一瞬、後ろを振り返って追っ手との距離を確認すると、あとはひたすらに前を向いて全力で山道を下って行った。

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