第89話 2人の男

「アフォガード先生、スピカたちの向かった先ですが――」


 エクレールは、落ち着いた口調でアフォガードに話しかけていた。


「ふむ、どこかのギルドから護衛を派遣してもらえそうか?」


 彼の問い掛けに一度咳ばらいをしてからエクレールは答える。


「はい。運がいいと言いましょうか……、偶然なのですが、数日前に例の町からまもの討伐の依頼が王国へと入っていたそうです」


「まもの討伐……か、それで?」


「今朝の早い時間に王国から依頼を受けたギルドが剣士を2名ほど派遣しております。どうやら近いタイミングで、まもの討伐依頼の方は町長からキャンセルの旨があったそうなのですが――」


「まもの討伐は無くなったが……、その剣士2名がそのままスピカたちの護衛を引き受けてくれるということか?」


「はい。写し紙での連絡はすでに終えております」


「わかった。エクレールよ、迅速な対応感謝する」


 エクレールは軽く礼をすると背を向けて別の業務に移ろうとした。その背中にアフォガードが声をかける。


「エクレール、その剣士を派遣したギルドと剣士の名前はわかるのか?」


 振り返ったエクレールは、自身が記録したメモを見ながら返事をした。


「はい。派遣元はあの『ブレイヴ・ピラー』です。剣士2名は同ギルド所属のランギス・ベルモントと……、同ギルドの傘下『きば』のマスター、ユージン・ブレイド」



◆◆◆



 アレクシアの城下町から、離れた高山麓へ向かう駅馬車。客車と兼用になっている荷台に揺られる2人の男がいた。1人は恰幅の良い人の好さそうな顔をした中年。もう1人は街ですれ違おうものなら視線を合わせるのも避けたい強面の、レンズの細い眼鏡をかけた男だった。


「いやいや、ユージンさん。本当にすみませんね、わざわざギルドマスターの貴方に手伝ってもらうなんて――」


 恰幅の良い男、ランギスはニコニコとした笑顔で正面に座るユージンに話しかけていた。


「いいえ。うちの部下はまだ表に出せるような連中ではありませんから。それでも……、あいつらの分含めて仕事を回してもらってるのは本当に感謝してます」


 ユージンはその鋭い眼光や表情に似合わない丁寧な口調で返事をしている。



 彼は独立した小規模ギルド「牙」のマスターを務める男。スガワラと、ブレイヴ・ピラー本部の地下に幽閉される男、ブリジットが関わったとある事件をきっかけに彼とその組織はブレイヴ・ピラーの傘下に下っている。


「我が主、グロイツェルは人を見る目がありますからね。あなたたちが単なる『ならず者』なのか、生きる環境ゆえ、人の道を外れざる得なかった者なのか、しっかりと見極めているのですよ?」



 ユージン率いる「牙」はいわゆる、闇のギルド、と呼ばれる裏の仕事を請け負う組織だった。そのため、当然構成員もそういったに触れてきた人間ばかりであり、ユージンもその例外ではない。


 ブレイヴ・ピラーの傘下に入ってから、彼らは真っ当な依頼を請け負っている。その多くは、厳しい力仕事だったり、夜間の警備員であったりと決して楽なものではない。ただ、それらは表の社会に認められた仕事ではあった。


 組織の方向性に合わず、別の組織へと鞍替えした者も何人かいる。それでも自身のギルドに残った部下たちの世話はしっかりしたい、といった面倒見の良さがユージンにはあった。

 闇のギルド1つを率いていた男ではあるが、彼自身が闇の人間、かと問われると疑問の余地もあるようだ。


「グロイツェル様は、私らを傘下に置くことで『サーペント』の情報を得る目論見もあったと思うのです。その意味ではお力になれず申し訳ないところです」



 闇のギルドを裏で統轄していると噂される剣士ギルド「サーペント」、ただ、ユージンの組織は彼らとの関係をまったくもっていなかった。


「一度はサーペントから使者が来ましてね? 協力を持ち掛けられたことはあるんですよ?」


 ユージンは、かつてグロイツェルに話した内容を改めてランギスに話していた。


「――と、言いますとお断りされたのですか?」


「ええ、向こうさんの提示した条件も決して悪くなかったのですが、がヤバそうでして……」


「臭い……、ですか?」


「ええ、危険な香りがしました。一応は、裏の世界で生きてきた私が寒気を感じるほどの――、です」


 ランギスはユージンの話を聞きながら、にこにことした表情を崩さないでいた。しかし、内心では主のグロイツェルや、ギルドマスターのシャネイラたちが危険視する「サーペント」という組織の得体の知れなさに薄気味の悪さを感じているのだった。

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