第82話 男の子ペア

 ベラトリクスの放った閃光にまものはうずくまっていた。強烈な光を浴びて反射的にとる行動は人間のそれとほぼ同じのようだ。


「サイサリー! 上級を使え! 一気に片を付けるぞ!」


「言われなくても!」


 サイサリーは精霊とコンタクトし、上級魔法の詠唱にかかる。その間、ベラトリクスは詠唱の早い魔法で追撃を試みようとしていた、が――。


 まものは真っ黒な頭部に2つぽっかり空いた淡く光る空洞、恐らく人間の「目」に該当するモノで確実にベラトリクスを捉えていた。


「デカ物が……、思ったより立て直すのはええじゃねぇかよ!」


 目くらましで稼げた時間はサイサリーの想定よりずっと短かった。彼は一旦、上級魔法の詠唱を止め、まものの動きに注視しようとした、が……。


「続けろ、サイサリー! 残りの時間はオレが稼いでやるよ!」


 ベラトリクスの言葉がそれを遮る。



 2人以上で戦う場合、魔法使いの基本戦術は決まっている。後方に下がり、呪文の詠唱時間を別の人間に稼いでもらう、だ。

 サイサリーとベラトリクス、魔法使いが2人という状況でベラトリクスは自分が時間を稼ぐ役を、そして後ろから攻撃をする役目をサイサリーに任せたのだ。


 まものとサイサリーの間をベラトリクスが壁となって立ちはだかる。巨大な黒い塊は手に持った鎌を振り上げ、ベラトリクスへ振り下ろす隙を窺っているようだった。


 秒単位の時間ですら長く感じられるこの瞬間、サイサリーは上級魔法の詠唱過程を猛スピードで駆け抜けていた。


『あと少し……、あと数秒なにもするな! それで僕の準備は整う!』


 しかし、まものはサイサリーの態勢が整う前に、ベラトリクス目掛けて鎌を振り下ろした。


 これに対しベラトリクスは、なんとまものの下腹部に飛びつくように突っ込んで回避し、その勢いでまものと共に地面に倒れ込んだ。

 喧嘩慣れしている彼ならではの判断だった。背丈の大きい相手には、下手に後ろや横へ躱すより、前へ踏み込んで懐に飛び込む方が安全な場合もある。


 地面に背を付けたまものだったが、その力はベラトリクスを遥かに上回っていた。上に乗っかる彼を吹っ飛ばすほどの勢いで起き上がると、再び鎌を振り上げる。


「飛べ! ベラトリクス!」


 大声がベラトリクスの耳に届いた瞬間、サイサリーは呪文を解き放った。



「ジオブレイク!!」



 まものの足元が一瞬光ったかと思うとその刹那、下から突き上げるような爆発が起こり、地面を抉ってまものを吹っ飛ばした。


 宙に舞い上がった土砂と一緒にまものは大きな音を立てて地上に落下する。


 そこから少し離れたところに腹這いになって倒れているベラトリクス。彼の背中には無数の小石や砂が降り積もっていた。



「あっぶねー……、少しでも逃げ遅れたら巻き添えくってたじゃねぇかよ」



 彼の元にゆっくりと歩み寄り、手を差し伸べるサイサリー。


「――信頼だよ? 君なら予兆を察して必ず避けると信じていた」


 立っているサイサリーが引っ張られるほど強い力で手を握って立ち上がるベラトリクス。ただ、彼の表情は笑顔だった。


「はっ! 当たり前だ。誰がお前の魔法に巻き込まれたりするかよ?」


「ふん、意外と……、僕たち相性いいのかもしれないね?」


 彼らは倒れているまものの姿を一瞥した後、突き出した拳をぶつけ合って勝利を称え合うのだった。

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