第81話 遭遇
スピカとゼフィラのペア、ベラトリクスとサイサリーのペアはそれぞれ距離をとって狭い林道を、ランプをぶら下げて歩いていた。
彼らはどちらかがまものと遭遇した際には、ゼフィラの火の魔法かベラトリクスの雷の魔法で合図を送ると決めている。
夕日は山脈の向こう側に姿を隠し、あたりには夜の闇が忍び寄っていた。
「スピカスピカ、ちゃんと虫除けしてるか? 血ぃ吸われるぜ?」
「はい! 露出してるところにはくまなく塗ってます! 服にもミントの香りを付けておきました!」
「それならよかった。明日、山に登るときはオレの貸してやるよ? レモンの香りがしていい気分になるぜ?」
「それはいいですね! 城下町で売ってたんですか!?」
「そうそう、今や女性冒険家には大人気の商品みたいだぜ?」
「あたしも見てみたいです! いつか皆さんでお買い物とか行ってみたいですね!」
「それもいいな! アトリアあたりも誘って行くか?」
「スピカ! ゼフィラ! あんまり騒がしくするな! まものが警戒して出てこないかもしれないだろ!?」
スピカたちがいかにも女の子らしい話題に花を咲かせていると、遠くからサイサリーの声で注意された。
一方、そのサイサリーとベラトリクスのペアは、ベラトリクスが林道の真ん中を歩き、その脇を隠れるようにしてサイサリーがついてきている。
「なぁ、サイサリーよ? まものって人間みたいな体型で武器とか持って襲ってくるんだよな?」
「そうらしいね? 僕も見たことあるわけじゃないからそう詳しい方じゃないけど――」
「それって危ねえおっさんが武器振り回してるのと同レベルの話じゃないのかよ? そんなに危険視することなのか?」
林道の闇の中、少しの間考えてからサイサリーは返事をした。
「逆だよ、ベラトリクス? 人間はそれなりに理性があって行動している。人間同等かそれ以上の力と知性のある生き物が、無秩序に襲ってくるのは十分脅威になりえる」
「そんなもんか? オレはけっこう喧嘩とかしてたからよ、今一つまものの怖さがピンと来ねえんだわ」
「普通は暴漢が1人いるだけでも怖いと思うけどね……。それに――」
そこまで話したところでサイサリーは、林道の真ん中に出てベラトリクスの横に立った。ベラトリクスは腰に下げたスティックを構えて正面を見据えている。
「それに――、の続きはなんだ? サイサリー?」
「それに……、人間より大きいやつもいるって噂で聞いてたんだけど、噂だけじゃなかったみたいだね?」
彼らの正面に現れたのは、闇に溶けるような黒に塗りつぶされた人型の怪物。ただ、その背丈は明らかに2m以上……、長身のベラトリクスが明らかに見上げる大きさをしていた。右手には、人里で奪ったものだろうか、草刈で使う鎌を手にしている。
「ブライトっ!!」
ベラトリクスは、まものが飛び込んでくる気配がないと察すると、閃光を放つ魔法を使った。目くらましとともに、スピカたちにこの状況を伝えるために放った光。
サイサリーは、ベラトリクスがまずブライトを使うと理解していたので、彼の背中に隠れて身を屈め、光から目を逸らしていた。
魔法の光は、スピカとゼフィラに異変を知らせるには十分だった。しかし、それが同時に助っ人へ向かう、にはならなかった。
「男たちの方も出くわしたみたいだ? サイサリーの言ってたことは正しかったみたいだぜ……」
「はい。目撃が1匹だからといって相手が1匹だけとは限りませんね!」
ベラトリクスとサイサリーがまものと遭遇したとほぼ同じ頃、スピカとゼフィラもまた、まものと相対していたのだ。こちらも明らかに彼女たちより体は大きく、手には牧割りで使うような斧を持っていた。
奇しくも同じタイミングで、彼ら彼女らはそれそれがまものと戦う状況に陥ったのだった。
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