第14章 波瀾の遠征

第80話 適任

魔導書グリモワの持ち出し……?」


 セントラルの研究棟、アフォガードの研究室に報告へやってきたのは同じく教員のティラミス。彼は魔技師専攻の講義を終えたところだった。今日から遠征へ出た魔法使い志望の生徒たちのことが、同級生の間では話題の中心となっていた。


 学生たちの雑談からふいに耳へと飛び込んだ「魔導書」の言葉。気になったティラミスは詳しく話を聞いてみた。すると、遠征の持ち物に魔導書が必須、との噂がまことしやか語られていたのだ。


 魔導書は、魔法の技術体系を記した書物であり、いわゆる「アイテム」としての使用価値はまったくない。遠征に持っていっても単に荷物が重くなるだけなのだ。



「まったく、どこでどう間違ったらそんな情報が流れたりするのかしらねぇ?」


「悠長なことを言ってる場合ではない。ティラミスよ、至急『魔法の写し紙』を使って遠征に出た学生に連絡をとりなさい」


「学生にって、ぜっ……、全員にですか?」


「当たり前だ。まずは魔導書を持ち出しているパーティを把握したい。手の空いてる教員も総動員させてすぐにやりなさい」


 アフォガードの剣幕から事態の重さを察したティラミス。慌てた様子でアフォガードの研究室を後にするのだった。


 部屋にひとり残ったアフォガードは考え事をしている。


『まずは学長に報告か……、噂の出所まで辿り着くのは難しいかもしれんが――』



◇◇◇



 麓の町から山道へ続く道中、人が横2列で歩くのがやっとの広さの狭い道があった。両脇は鬱蒼とした木々に覆われていて、陽がおちる時間帯ではとても歩けないような道だ。


 町の警備兵の話では、この道で何度かまものが目撃されている。発見した住民は皆、なりふり構わず逃げ出したようで今のところ目立った被害は出ていない。


 スピカたち4人の魔法使いは夕方、まだなんとか茜色の陽が残っている時間にその道へとやってきたのだ。

 案内をしてくれた警備兵もそう人数が多くないようで、残念ながらスピカたちの加勢をするのはむずかしいそうだ。もっとも、初めから4人でなんとかするつもりでいた彼女たちにはあまり関係のないことだったかもしれないが……。



「さてとー、都合よく姿を現してくれたらいいんだけど、そううまくはいかないよな?」


 ゼフィラは屈伸運動をした後、小さい跳躍を何度も繰り返していた。彼女なりの戦闘準備なのだろう。


「まものってあれだろ? 噂だとたしか魔鉱石に集まってくる習性があるって聞いたぜ?」


「ああ、ベラトリクス。魔鉱石の眠る遺跡に潜んでいたり、魔鉱石を積んだ荷馬車が襲われたりするのが多いと聞いてるよ」


「だったらあれだ! 魔鉱石のランプがあるからよ、オレがこれ持ってうろうろしてたら寄って来るんじゃないのか?」


 ベラトリクスの言葉に他の3人は一瞬黙り込んでしまった。次に言葉を発したのはスピカ。


「ベラトリクス、囮になるつもりですか!?」


「張り込んでてもよ、出てこなかったら今日は野宿になるぜ? 誘い出すのが手っ取り早いだろうが?」


「ベラトリクス、お金を盗まれたのは君だけの責任じゃない。罪滅ぼしのつもりならもっと別の方法を考えた方が――」

「心配すんな、サイサリー? それとこれとは話が別だ。一番効率的な方法と、それに適任なのがたまたまオレだと思っただけだよ?」


 ベラトリクスはサイサリーの話に被せるように返事をする。彼は喧嘩まがいの我流ではあるが、接近戦の心得がある。仮にまものに襲われたとして対処できる自信があるようだ。



「オレは喧嘩と違って、一応『拳闘』の心得があるんだぜ? ベラトリクスより適任じゃないのか?」


 そう言ったのはゼフィラ。彼女の魔法使いらしからぬ機敏な動きはどうやら拳闘が由来のようだ。


「うっせえな、女に前を任せたくないんだよ? それにお前の動きはアトリアに全然通じなかったじゃねえか?」


「アトリアの間合いのとり方は『心得』のレベルじゃなかったんだよ? ――っていうか、今はそんなの関係ないだろ?」


「でっ…でしたら! 2人にランプを持ってもらって、あたしとサイサリーでそれぞれ見守ったらどうですか!?」


 顔を見合わせたベラトリクスとゼフィラ、ほんの少しの間の後、同時に頷いた。


「ここはパーティリーダーに従いますか、ベラトリクス?」


「おう、それならオレはサイサリーと組む。ゼフィラを任せたぜ、スピカ?」


「お任せされました!」


 こうしてスピカたちは2手に別れ、魔鉱石のランプを使ってまものを誘い出す作戦に出るのだった。

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