◇間奏10

 カレンとリンカのふたりは、シャネイラが差し出した書面に目をやった。内容に目を通している彼女たちの表情は次第に険しいものへと変わっていく。


 一通り読み終えた後、先に口を開いたのはリンカの方だった。


「『エリクシル』なんてまだあったんですねー? ひょっとして、王国からの依頼ですかー、マスター?」


「リンカの察しの通りです。カレンが持ち帰った情報の中にこれと関係するものがありました」


「私はミラージュの記録を運んだだけだからねぇ? まさかこんな情報が書かれていたなんて驚いたよ?」


「エリクシルの件にもしも『サーペント』が関わっているなら、案外ここから突破口を見出せるかもしれません」



 シャネイラは表情を変えずに淡々と話をしていた。一方、話を聞いているカレンとリンカの表情は穏やかではない。それは、話題の中心となっている「エリクシル」が極めて危険なモノだからだ。



 エリクシル――、ある者はこれを「神の妙薬」と呼び、ある者は「悪魔のクスリ」と呼んだ。


 魔力の増幅や精霊との親和性を一時的に高める強力な薬、それが「エリクシル」。ただ、この薬は少量の接種でも身体に異常をきたすことが知られている。それと同時に極めて高い中毒性を有しており、一度取り込んでしまうと、不思議と身体が同じものを欲するようになってしまう。


 接種すればするほど、次に求める量は多くなっていき、身体への異常は次第に精神へも影響を及ぼす。


 数年前、まだカレンがブレイヴ・ピラーに入団したばかりの頃、このエリクシルは魔法ギルドに出回っていたのだ。

 魔法使いにとっては、薬によって能力の底上げができるのなら願ってもない話だ。当初はその薬が持つ危険性についてあまり問題視されていなかった。


 しかし、薬が急速に広まるにつれて問題点が明るみになっていった。エリクシルを常時接種しなければまともに生活も送れない「廃人」と化した魔法使いが大勢現れたのだ。

 事態を重く見た王国は、エリクシルの所持・流通を厳しく取り締まった。材料に必須となる植物の生産も禁止して、エリクシルの完全撲滅を図ったのだ。


 魔法ギルド側もエリクシルを使用した魔法使いを組織から追放していった。かなり強行して追い出しを図ったために当時は、関係各所で多くの問題が発生したという。


 ただ、そういった痛みを伴った結果、アレクシア王国からエリクシルは姿を消した。魔法使いの力によって発展したこの国にとって、彼らに破滅をもたらす「クスリ」の存在を許すことはできなかったのだ。



「『用法容量を守って正しくお使いください』のレベルじゃないですからねー、アレは……。本気であのクスリを広めようとしてる奴がいるんだったら、捨て置けないですよー」


「中毒性がヤバいらしいからねぇ。ちょいと出回るだけでも莫大な利益を生むのかもしれない」


「エリクシルが蔓延しようとしているのなら、当然それは止めないとなりません。王国もすでに調査に乗り出しています。ですが、我々としてはこれを利用する方法もあります」


「そこにサーペントが絡んでいるのなら……、一気に叩き潰す大義名分ができるってわけだねぇ?」


 カレンの問い掛けにシャネイラは黙って頷いていた。


「わかった、私はこの件の調査に動くよ。魔法使いの知り合いは多いからねぇ、こんな危なっかしいモノを放っておけないよ」


「よろしくお願いしますよ、カレン。2番隊以外でも何人か人選して協力させます。それに、ミラージュも調査を継続中ですから」



 彼女たちの会話で頻繁に登場する「ミラージュ」。それはブレイブ・ピラー3番隊、潜入調査などを専門とする隠密部隊の隊長を務める者の名だった。

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