◇間奏9

 剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」本部の最上階、シャネイラの部屋にある2人掛けの革張りのソファ、そこにカレンとリンカが座っていた。本来は来客用に準備されたものだが、彼女たち2人はお構いなしにくつろいでいる。


 大理石のテーブルを挟んで向かいに座るシャネイラ、屈強な男たちが集うブレイヴ・ピラーの中で異彩を放つ3人の女性がここに集っていた。



「あれからブリジットはなにか話しましたか?」



 地下に幽閉しているブリジットへの尋問はすべてリンカが記録していた。救護隊の隊長を務める彼女は外出が少ない。それに加えて、彼女は命令を与えなければ仕事をサボる悪癖があった。

 ゆえにシャネイラは決して「適任」とは思わずとも、ブリジットの容態の確認とともに証言の記録をさせているのだった。


「スガワラさんが来た時だけー、ちょっと口を開きましたけど、あとはだんまりですよ? 嘘付くのが得意そうな男ですけど、これ以上聞き出せる情報はないんじゃないですかねー?」


「やはりそうですか。どこかでと思いましたが、これ以上は期待しても無意味そうですね」



 かつてブリジットはブレイヴ・ピラーに対して襲撃を企てた。彼は「情報屋」としての力を最大限利用して単独でことを起こしたのだが、裏で姿を見せずに加担している「何者か」の存在に気付いていた。

 ただ、それが実際に何者なのかまではおそらく把握していない。彼にとってそれは取るに足らない問題なのだ。


 一方で、ブレイヴ・ピラーの幹部間ではその「何者か」に目星を付けていた。


「シャネイラの見立てだと……、裏でこそこそやってるのはやっぱり『サーペント』かい?」


 2人の話に割って入ったのはカレン。彼女が口にした「サーペント」こそが「何者か」の正体と思われた。



 「サーペント」は、名目上こそブレイヴ・ピラーと同じ剣士ギルドとなっており、アレクシア国内ではここに次ぐ規模をもっている。

 ただ、表向き「剣士ギルド」でありながら、裏側の黒い噂が後を絶たない。


 この国には大小さまざまな組織が乱立しており、中には暗殺、窃盗、誘拐などを主として引き受けているところも存在する。こうした組織は通称「闇のギルド」と呼ばれていた。


 サーペントは、治安を維持する衛兵団の目が行き届かない、いわゆる「暗黒街」で闇のギルドを取り仕切っている組織だと噂されているのだ。

 公にされている組織の規模ではブレイヴ・ピラーが明らかに勝っている。しかし、もしも闇のギルドのほとんどが裏側でサーペントと繋がっていると仮定したら……、その規模が逆転する可能性すらあり得ると言われていた。


 ブレイヴ・ピラーとサーペントは表面上こそ対立はしていない。だが、彼らが手引きしていると思われる闇のギルドとの抗争は過去に幾度も起こっていた。


 闇のギルドは、非合法的な方法で組織の拡大や利益・権力を得ようとする集団である。対してブレイヴ・ピラーは王国の要請によって衛兵団と協力し、治安維持的な活動も行っている。ここに対立の構図が生まれているのだ。



「カレンはどうでしょう? たしか『オデッセイ』と言いましたか……、東の酒場でなにか情報は掴めましたか?」


「うちに直接絡みそうな情報はなかなか……。酒も料理もラナんとこのが口に合うしねぇ。好きになれない酒場だよ、あそこは?」


 王国の城下町東にある酒場「オデッセイ」、大きな大衆酒場として有名で、2階建て、さらに地下にもフロアを設けてある。広く庶民が出入りする憩いの場なのだが、地下には限られた人間しか出入りできない「秘密の部屋」があるとされていた。

 闇のギルド間の依頼や違法な取引、法外な額の動くギャンブルがそこで行われていると噂がある。


「あそこには『ミラージュ』がいます。カレンが直接出向かなくても、情報の受け渡しくらいなら他の者に任せればいいのですよ?」


「カレンは出たがりですからねー? 隊長のくせに後ろでじっとしれられないんですよー」


 リンカはにやにやしながら隣りに座るカレンの表情を眺めている。


「外に出ないと勘も腕も鈍りそうなんだよ。私はリンカと違って『剣士』なんだからさ」


「カレンの気持ちもわかりますが、おさである以上、隊員を使うことも覚えていきなさい。現場に出る機会が少ない私やグロイツェルの腕が鈍っているように見えますか?」


「グロイツェルはまだしも、あんたと同じ括りにはしないでもらいたいねぇ?」


 カレンは表情を歪ませてため息をついた。シャネイラと同様、ブレイヴ・ピラーの「3傑」の1人である彼女だが、それでも「不死鳥」シャネイラ・ヘニクスだけは別格と考えているようだ。



 シャネイラ、カレン、リンカ、3人が呼吸を合わせるように話を止めた。部屋の中を途端に静かな空気が流れ込む。


「カレンが持ち帰った情報の中に、我々に直接かかわるものではありませんが、捨て置けないものがありました。カレンが引き続き自分で動くつもりなら……、この方面の探りを入れてほしいのです」


 シャネイラはそう言って、1枚の書面をテーブルの上に置いた。

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