第71話 夜の駅にて
剣術の稽古はいつも通り、養成所に最後まで残って10分程度、師範と立ち合いをした。いずれカレンさまから手ほどきを受けるにしても、今よりずっと腕を上げないと失礼な気がする。
先日盗賊に絡まれてから、帰り道は多少遠回りをしても明るい大通りを行くようにしている。
駅でぼんやりと月を見上げながら路面電車が来るのを待っていた。
師範からは剣筋に迷いがあると言われた。ウェズン寮長との模擬戦に負けてから自分に焦りがあるのは理解している。彼女はたしかに魔法使いとして特別かもしれない。けれど、同級生である以上負けたくない。
私が憧れるシャネイラさまは「王国最強」と言われる剣士だ。あの方に近付くためには今の力では全然足りない。
ひとつ――、大きく息を吐き出して視線を駅のホームに移すと、見覚えのある人の姿が目に入った。ただ、この場所も時間も不釣り合いな人に思える。
「……あの、シリウス先輩?」
彼は一瞬だけ虚を突かれたような表情をした後、いつもの余裕ある顔付きに戻った。
「ああ、アトリアさんだったかな? こんなところで会うなんて奇遇だね?」
「……この近くで習い事をしてるんです。今はその帰りです」
私は背中に抱える木剣に軽く触れながらそう話した。
「……シリウス先輩は、まさか夜遊びですか?」
「ははっ……、当たらずとも遠からずってところかな? 友人と会っていた帰りさ」
「……風紀委員長でいらっしゃるのに、風紀が乱れていませんか?」
「おっと! アトリアさんは痛いとこ突いてくるな?」
彼は私の悪ふざけに付き合ってくれた。セントラルの4回生とはまだあまり付き合いがないけれど、この人には親しみやすさを感じる。
「今日はもうひとりの――、あの賑やかな子は一緒じゃないのかい?」
「……スピカですか? ええ、あの子は剣術には無縁ですから」
「そうか……、習い事の帰りなら疲れてるんじゃないかい? いいものを持ってるんだ。先日、親からポーションが送られてくる話をしただろう?」
「……ええ、仰ってましたね?」
「開発中の新しいフレーバー入りのポーションが届いてね? よかったらもらってくれないか? たまには僕以外の感想もあった方が参考になると思うんだ」
シリウス先輩はそう言って手持ちの鞄から小さな瓶を2本取り出した。
「……よろしいんですか?」
「ああ、むしろこちらからお願いしたいくらいだよ? 1本をスピカさんにあげるか2本とも飲んでしまうかはお任せするよ。味の感想だけいつでもいいから教えてほしいかな?」
「……それでは、遠慮なく頂戴します。ありがとうございます」
私は彼から小さな薬瓶を受け取って自分の鞄にしまった。瓶同士が軽くぶつかってカチンと高い音をたてた。
「……ウェズンさんが数日授業をお休みしているのですが、シリウス先輩は容態をご存知ありませんか?」
私の問い掛けにシリウス先輩は、夜空を見上げて軽く首を捻っている。
「僕も風紀委員で一緒なだけだから――、あまり詳しくは知らないな。だけど、あまり気にしなくていいと思うよ? ウェズンが授業を休むのは珍しいことじゃない。前にも少し話したけど、あまり身体が丈夫な方ではないんだよ」
シリウス先輩の話だと、ウェズン寮長は授業にしっかりと出席できていれば今の段階で飛び級になっていてもおかしくないらしい。ただ、2回生の頃から体調不良が多くなり、学内の評価を難しくしているようだ。
あれだけの魔法の才能をもっているのなら……、少しくらい弱点があってもまだ釣り合わない気もする。
私がそんなことを考えていると路面電車の光が視界に入ってきた。
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