◇間奏8

 魔法ギルド「知恵の結晶」本部にある応接室、ここで2人の男が言葉を交わしていた。1人は、剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」1番隊の隊長を務めるグロイツェル。もう1人は、知恵の結晶のギルドマスター、ラグナ・ナイトレイだった。


 ラグナは40代半ばの男性。元は真っ黒な頭髪だったのだろうが、今は白髪が半分ほど混ざっていた。しかし、短く綺麗に整えられた髪形は気品の高さを感じさせ、それは着衣や靴の隅々にも見てとれた。


 背丈は決して低くはないが、特別高くもない。体型も痩せていなければ太ってもいない平均的なものだ。

 しかし、彼の正面に座るグロイツェルは長身で鍛えられた体躯をしている。ゆえにここでのラグナは小男に映っていた。


「これはこれは、グロイツェル様。改めましてラグナ・ナイトレイです。こちらから出向こうかと思っていたのですが、まさか早々にそちらからお声かけ頂けるとは――」


「グロイツェル・ロウです。本来ならこちらもギルドマスターのシャネイラが出向くべきなのでしょうが……」


 彼らは握手を交わした後、ソファに座った。グロイツェルが続きを話しかけたところで、ラグナは左手を広げて彼の言葉を制した。


「ブレイヴ・ピラーの実質的な運営は貴方の手で行われていると聞いております。ならば、今言葉を交わすべき人はシャネイラ様ではなく貴方が適任でしょう」



 ラグナは魔法ギルドのトップに立つ男であっても、「魔法使い」ではない。貿易商「ナイトレイ家」の三女と結婚し、養子として迎えられた生粋の商人だ。また、彼はアレクシア国内でも有数の知識人であり、情報通としても有名な男だった。


 彼ら2人が相対してる理由は、国が進めているに歯止めをかけるためだった。法案内容は、ギルドの所属人数に応じて課税額を引き上げる、といったもの。その額面は一定人数を超えた段階ではね上がり、現状その条件に該当しているのはブレイヴ・ピラーのみ。

 ただ、将来を鑑みると、急拡大をしている知恵の結晶も他人事ではないのだ。


 ブレイヴ・ピラーの勢力に危機感を覚える複数のギルドと、一部の国の権力者が議員と結託して推し進めていると思われるこの法案。

 ブレイヴ・ピラーと知恵の結晶はここに待ったをかけるため、協力しようとしていた。



「――現実的な話をしますと、法案をまったく白紙に戻すのは難しいと考えております。ですので内容……、課税額引き上げの対象となる人数を現時点で影響が出ない数字へと変更させる、これが落としどころではないでしょうか?」


 ラグナは2人の間にあるガラス製のテーブルの上に何枚かの書面を並べて説明していた。彼は論理的で、数字を交えた説得力のある話し方をしている。

 グロイツェルはラグナの話を聞きながら、彼の聡明さに関心すると共に、余計な話をする手間が省けたと心底安堵していた。


 グロイツェルは組織の中でも交渉の舞台に立つことが多い人物だ。ただ、彼の思考についてこれる人間はそれほど多くない。そのため、彼はまず「話を理解させる」のに骨を折る経験を幾度も重ねてきた。


「ラグナ様は話が早くて助かります。我々ブレイブ・ピラーもおおよその見解はそれで一致しております」


 彼は自分がまとめた資料をラグナに向けて差し出した。そこには、法案の修正内容と……、仮に希望が叶った場合のについてが書かれていた。


 「失礼」と一言言って、ラグナは書面を手にとり目を通す。ラグナが熱心に書類を読み耽っている間、グロイツェルは応接室の装飾に目をやっていた。彼の正面、ちょうどラグナの背後には大きな絵が飾られている。

 それは白く美しいローブを纏った女性と彼女に平伏す人々を描いた絵。一見すると一国の女王とそれに平伏する国民のように映った。



「ふっふっ……、さすがはシャネイラ様にグロイツェル様です。私から持ち掛けようとしていた話がすべてここに記されている」



 グロイツェルは視線を絵画からラグナへと戻した。彼は口角をわずかに上げて小さく頷いている。


「ここまで見解が一致しているのなら本当に話が早いです。ただ一点だけ……、『この先』について、私見を聞いて頂きたいのです」


 そう言ってラグナは、とある人物の名を口にして話を始めた。きっと情報通のラグナはについてグロイツェルが知っているとわかっていたのだろう。

 ただ、魔法ギルドのマスターが突然口にするには少々違和感のある名前ではあった。

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