第64話 試合後
呪文詠唱の一時中断と維持、魔法使いの間で通称「サスティナ」と呼ばれる高等技術である。うまく扱えば中断していた魔法の発動と、別の魔法を連続で放つことが可能。
一方で、呪文詠唱は途中段階を維持するだけでも魔力を消費する。さらにこの状態から、別の呪文を使うのは相当な技術を要する。
これを魔法に精通しない者に対して例えるなら、高度な数式と言語の問題を同時に解いていくようなものだろうか……。
ウェズンはアトリアの反応の良さ、俊敏な動きに驚きながらも余裕をもっていた。単なる遠距離での撃ち合いでは決して負けないと思っていたから。そして、恐らくアトリアもそれを理解して、必ず接近戦を仕掛けてくると読んでいた。
ゆえに射程に踏み込んできたら、早い段階で準備していたトルネードで決着を付けると決めていた。
では、至近距離で魔法を受けたアトリアはなぜ無傷なのか?
その答えは、ウェズンが展開した「魔法結界」にあった。ウェズンはサスティナを使って、トルネードと魔法結界のほぼ同時発動を行った。問題はその「対象」。
彼女が結界で守ったのは自分の的ではなく、対戦相手のアトリアだった。
的か術者か、攻撃判定の曖昧さを無くすためウェズンは、あえて術者のアトリアを守りつつ、彼女の的だけを的確に狙ってみせたのだ。
ただ、これは敗れたアトリアからすれば、ウェズンに相手を気遣うほどの余裕があったこと、そして実戦に置き換えれば「情け」をかけられたのと同義。
それを理解したアトリアは模擬戦の結果はもちろん、精神的にも完膚なきまでに叩きのめされたのだった。
◆◆◆
今日の授業が終わり、夕食を終えるとあたしとアトリアさんはお部屋に戻りました。模擬戦の後は会話をほとんど交わしていません。
部屋に入るとアトリアさんは早々にローブを脱ぎ捨て、床にうつ伏せで倒れ込みました。
「あっ…アトリアさん!? 大丈夫ですか!?」
心配して慌てるあたしをアトリアさんは、顔だけ横に向けぼんやりした表情で見上げました。体調が悪いとか怪我をしているわけではなさそうです。なんと言いいますか――、とても眠そうな顔をしています。
「……心配しないで。ちょっと……、いいえ、かなり疲れたのよ? 床の冷たさが気持ちいいの。そっとしといてくれる?」
床がひんやりして心地いときはたしかにありますね! ですが、人前で堂々と床に倒れるアトリアさんはなんだかいろいろとすごいです……。
「……スピカ、ずい分勝ちに拘っていたわね?」
床にのびてるアトリアさんは目を瞑ったままでそう言いました。
「はい、いっぱい練習に付き合ってもらいましたから、結果で見せたかったんです! でも、負けてしまいました……」
「……正直少し驚いた。でも、とてもいい試合だった。あなたのセンスも捨てたものじゃない」
ごろんと仰向けになったアトリアさんは大きく息を吐き出しました。
「……カレン様にも言われたな。私、自分の力を過信してるみたい。今のままじゃ全然足りない」
「ウェズンさんはたしかにすごい人ですが、アトリアさんも十分すごいです! それに授業の模擬戦を1回やっただけです! 結果ばかり気にしたらダメですよ!」
あたしも負けてしまいましたが、できる限りのことはやりました。結果ももちろん大事ですが、引きずっていても仕方ないのです。次にどう活かすかを考えないといけません。
「……私、ウェズンさん相手に『絶対負けない』って言うほど自惚れてはいなかった。だけど、もし負けてしまってもウェズンさんの次に実力があると思っていた」
「あたしはアトリアさんがそれくらいすごいと思ってますよ!」
「……順位ならそうかもね? でも、1位と2位の差が離れすぎている。今日の試合で格の違いを見せつけられた」
アトリアさんはずっと目を瞑ったまま、抑揚のない声で話しています。
「……この差は、埋められる差なのかしら? 私は、悔しい」
あたしはこんなに弱弱しい雰囲気のアトリアさんを初めて見ました。ですが、どう元気づけていいかもわかりません。だから、今はただ黙って彼女の横に座っていました。
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