第63話 確信

 私がウェズンさんへ接近して呪文詠唱に入ったとき、彼女は結界を張って的を守ろうとした。

 あまりにわかりやすくした「アイシクルランス」の予兆。これに対して即座に反撃ではなく、一手防いでからの反撃を選んでくれた時点で私は勝ちを確信した。


 この距離まで近付けるかどうかは大きな賭けだった。一瞬でも判断を迷ったり、誤ったりすればその段階で私は負けていた。

 ただ、近距離に踏み込めれば魔法使いの間合いより、剣士の間合い……、すなわちになる。


 自らの魔法で生み出した氷の刃でウェズンさんの的に斬りかかる。私の集中力が極限に達していたのか、彼女の放つ炎の球を躱している時からすべての動きがいつもよりゆっくりに見えた。

 的に刃を向ける動きもとてもゆっくりとしている。この凝縮された時間の中で私はウェズンさんと目が合った。


 彼女の表情はいつもの笑顔で、私をその目に捉えた瞬間――、口元を緩ませた。


 刹那、勝利を確信していたはずの私の脳裏に「敗北」の2文字が過ったのだった……。



◇◇◇



 闘技場ではウェズンとアトリア、ふたりをのみ込むように竜巻が発生していた。スピカにはそれが風の中級魔法「トルネード」だとすぐにわかった。


 複数の属性を操るウェズンと氷の魔法に特化したアトリア。目の前の魔法を発動させたのがどちらなのかは明白だった。


「アトリアさん大丈夫でしょうか!?」


「ウェズンのトルネードをまともにくらってたら無傷じゃないだろうな……。それにあの距離での魔法を『的』狙いか『術者』狙いかの判別なんてできるのかよ?」


 ベラトリクスは誰かに問い掛けるように呟いている。


 魔法闘技は、あくまで「的」を狙うのが原則であり、術者を直接攻撃するのは反則となる。ただ、もちろん術者の動きや牽制、場合によってはアクシデントなどの不可抗力で術者に魔法が当たる場合もありえる。


 もし魔法によって術者を傷付けてしまった場合、それが的を狙った結果として起こったことなのか、術者を狙ってのものなのか、この判定は非常に難しい。

 ましてや、的への直撃と術者への直撃が同時となれば、的を射抜いた者の「勝利」なのか、それとも術者を傷付けた者の「反則負け」なのか……。



「アトリアさんの負けね。ウェズン・アプリコット……、恐ろしい子だわ」


 そう口にしたのはアレンビー。彼女は今、「臨時講師」としてではなく、1人の魔法使いとしてこう言った。



 トルネードの勢いは徐々に治まり、やがて消えていった。そこに立っていたのは無傷のウェズンと……、同じく無傷のアトリアだった。

 しかし、ウェズンの頭上には的が浮かんでおり、アトリアにはそれがなかった。


 戦いを見守っていた学生のほとんどはこの状況を理解できていなかった。トルネードは術者を中心に巻き起こる風の呪文。ゆえに真ん中に立つウェズンが無傷なのは当然なのだが、アトリアも無事で何故、的だけが破られているのか。


 アレンビー、そしてティラミスとエクレールの教員2名、あとは戦っていたアトリアとウェズンのふたりだけが今この瞬間のすべて把握していた。



「……負けた」


 無傷だが、心で負けを理解したアトリアはその場でがっくりと膝を折った。


「とても楽しかったわ、アトリアさん」


 ウェズンは項垂れるアトリアの背中にそう言って、立ち去って行った。

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