第62話 接近

「呼吸か……」


「はっ?」


 ベラトリクスがアトリアを見つめながらボソッと独り言を呟いた。隣りにいたスピカは頭の上に疑問符を浮かべて反応する。


「ウェズンの狂った詠唱の速さにもアトリアは対応してる。呼吸からを感じとってるんだろう、と思ってな」


「そうなんですかっ!?」


「詳しくは本人に聞かねぇとわかんねぇけどよ……。一流の剣士なんかは呼吸から次の行動を予測したりするらしいぜ? アトリアはそれを魔法にも応用して戦ってる感じだな」


「やっぱりアトリアさんはすごいんですね!」


 スピカの反応に軽い笑みを浮かべながらベラトリクスはスピカに向けていた視線を再びアトリアへ戻した。


「すげぇよ……。だからこそ、そのアトリアが明らかに押されているウェズンが恐ろしいんだ。それなりの強度の結界をあの速さで展開されたらまともに攻撃できねぇじゃねえか……」


「ウェズンさんと同時に撃つしかないですね!」


 ベラトリクスはスピカの返答に、虚を突かれたような表情をしてみせた。


「なるほど……、『同時』ならいけるかもな」



◇◇◇



 じりじりと間合いを詰めようとするウェズン。一方で、一定の距離からは決して近付かないアトリア。

 ウェズンはここまでの攻防で、アトリア相手には無闇に魔法を放っても当たらないと理解していた。ゆえに魔力の消費を抑え、確実な一手を虎視眈々と狙っている。


 しかし、アトリアは突然動きを止めた。ウェズンの一歩がその歩幅分だけ彼女との距離を近付ける。1歩、2歩……とウェズンは警戒しながらもアトリアとの間合いを確実に詰めていく。


「ファイアバルーン」


 的を狙い撃つ確実な距離とふんで放たれた炎の弾丸。だが、アトリアは圧縮したバネが解放されたかのような瞬発的な動きで横へ飛び、それを躱す。彼女の的は「操る」というより、ただただ術者を追尾するように素早く移動していた。


 ウェズンの攻撃は一手では終わらない。横へ移動しながらも徐々に接近してくるアトリアを追うように炎の球を乱れ撃つ。


 ゼロコンマ反応が遅れれば的が燃やされそうになるところをアトリアは右に左に飛んでギリギリで躱しながらさらに近付いていく。


 ふたりの戦いを見つめる同級生たちはアトリアの急接近に違和感を感じていた。魔法使いの攻撃手段は基本的に「飛び道具」。ゆえに近過ぎる距離間には逆に慣れていない。場合によっては自身の魔法の巻き添えをくらう恐れすらあるのだ。



「まさかオレみたいに蹴飛ばしたりしねぇよな、あいつ?」


「アトリアさんはそんなことしません! ――多分」



 火の玉の嵐をかいくぐったアトリアはウェズンの至近距離まで踏み込もうとしていた。そしてウェズンはここで彼女の呪文詠唱を察知する。咄嗟に結界を張り、的の守りを固めたように見えた。


『……この距離で追撃がきたら躱せる自信はなかったけど、おかげで防御にまわってくれたわね』


 アトリアの使った呪文は氷の下級魔法「アイシクルランス」。ウェズンはたとえ距離が近かろうと、下級魔法なら結界で十分守れると判断しているようだ。この一手を防げば、逆にそのカウンターに対してアトリアに防御の術は残されていない。


 ただし、それは……、アトリアが魔法を場合である。


 魔法で生成された氷の槍は文字通り「槍」……いや、長刀となってアトリアの手にあった。


『……魔法でつくったモノなら反則ではないでしょう? 直接突き刺したら結界だって貫ける!』


 さすがのウェズンも結界と同時にアトリアを迎撃する魔法を放つ気配はなかった。ウェズンの頭上に浮く的を目掛けてアトリアは氷の刃で斬りつける!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る