第61話 規格外
周りにどう映ったかはわからない。けれど、ウェズンさんの放ったブレイズの回避は間一髪だった。
気配の察知、行動の予測……、これに限っては他の誰よりもできる自信がある。それは単なる「魔法使い」としてではなく、「魔法剣士」を志している私だからだ。
剣での戦いは魔法と違って近距離での読み合いと瞬間的な判断が求められる。だからこそ、剣術の指南を受けている私は
その私が間一髪だったのは、単純に詠唱速度が速過ぎるから。ブレイズは中級魔法だというのに、おそらく他の学生の下級魔法より発動が速い。
ウェズンさんがどれほど強敵かは理解しているつもりでいた。でも、実際に相対すると初手で「想定以上」と思い知らされた。残念だけど、呪文の速度では勝てる気がしない。
はっきり言って他のどの子と比較しても完全に規格外。同級生たちが彼女を恐れている理由がよくわかった。
だけど、今競っているのは単なる「魔法」だけじゃない。勝てない部分は他で補えば勝機はある。そして私には他がいくらでもある。
「……スプレッドミスト」
私は霧を発生させて視界を閉ざす魔法を放った。本来なら屋内でより効果を発揮するものだけれど、今日は幸いにも風がほとんどない。この条件なら短い時間に限り、十分使えるはずだ。
人の姿、というより的の視認性を下げるのが目的。もちろん、私自身も相手の的が見えにくくなるのだけど、お互い「悪条件」ならきっと私に分がある。
魔法主体の戦いから、駆け引きや読み合いを主体とした戦いへとウェズンさんを引きずり込む。
◆◆◆
アトリアの周囲は霧に包まれ、半透明の的はどこにあるかわからなくなっていた。彼女自身の姿は確認できるため、その付近のどこかにはあるのだろうが、正確に視認するのは困難となっている。
「うふふ、単なる撃ち合いではおもしろくないですもの。こうでなくては――」
ウェズンはまるで刃を払うようにスティックを振るうと強烈な風が巻き起こった。風がない条件ゆえに霧を発生させたアトリア。それに対してウェズンは、なければ自ら起こす、とばかりに突風を放って霧を撒き散らす。
「あらぁ?」
ウェズンの声が響いた。
引き裂かれた霧のカーテン、そこを突き抜けるようにアトリアの放った氷槍がウェズンの的を急襲した。しかし、的を突き刺す寸でのところで、魔法結界によってそれは防がれる。
ウェズンは左に払ったスティックを返すように振るって今度は風の刃を放つ。しかし、アトリアは初手のブレイズ同様に最小の動きでそれを回避するのだった。
「すごいわ、魔法の射線と範囲を完璧に見切っているのね」
ウェズンの声は独り言にしては大きかった。しかし、それがアトリアの元まで届いていたかは定かではない。
聞こえなかったのか、聞こえて無視をしているのか、アトリアは表情を変えずに無言でウェズンの方を見ていた。
『……霧を払ったのは風の中級、そこから結界での防御と反撃の魔法……、これだけやってまったく隙を見せないなんて』
ゆっくりとアトリアの方へ歩を進めるウェズン。それとほぼ同じ速度で後退るアトリア。2人の距離は常に一定の間が保たれていた。
アトリアがウェズンの魔法を察知してから躱せるギリギリの間隔。これは普段彼女が維持する距離よりやや間隔が空いていた。
呪文の詠唱時間が極端に短い……、「0」に近いレベルで魔法を放つウェズンに対しては、感覚が鋭く動きも素早いアトリアであっても、余裕をもった距離が必要なのだ。
さらに火と風の魔法を同じように扱ってきたことから、ウェズンはいわゆる属性の相性が不問と考えられた。
『……本当に強敵、でもこっちの攻め手はまだまだある』
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