第11章 アトリアの戦い

第60話 開幕の狼煙

 ウェズンとアトリアの試合を除いて、模擬戦は全試合が終了している。審判役を任されたのは、先の試合で勝利を収めたシャウラだった。彼女は小さな赤い旗を持って両者の中間の位置に立つ。


 自分が戦うわけではないにも関わらず、旗を握るシャウラの手は緊張に震えていた。


『私が合図したら始まるのよね? なんでこんなに緊張しっちゃってるんだろう……、やっぱりウェズンさんの試合だから? それともみんなしてこの旗を見つめているからかしら?』


 シャウラはウェズンとアトリアの様子を交互に確認した。笑顔のウェズンと無表情のアトリア、ある意味ふたりとも「普段通り」だと彼女は思った。


 小さく息を吸って、シャウラは勢いよく旗を振り下ろした。


 旗が風を切る小さな音、そして見つめる学生からの小さなどよめき……、とてもとても静かな試合の幕開けだった。



 開始3秒、魔法を使えない。闘技場のスペースの都合、便宜上設けられたこのルール。両者は一歩も動かず、魔法の詠唱すら行う気配を見せなかった。


『1……、2……』


 ウェズンを見つめるシャウラが、アトリアを見つめるスピカやベラトリクスが……、そして、ほとんどの学生たちが無意識に心の中で「3秒」を数えていた。


『――3!』



「ブレイズ」


 ウェズンのスティックから照射された炎の閃光。しかし、その光はなにもない虚空を切り裂いて消えた。炎の軌跡からほんの少し横にアトリアは立っている。魔法の射線を見切り、最小の動きで躱したのだ。


「……スプレッドミスト」


 アトリアも魔法を詠唱する。だが、それはウェズンへの反撃ではなかった。術者の姿を覆い隠すよう辺りに霧が発生する。

 アトリアの周囲が見る見る霧で包み込まれていく。ざわつく同級生たちを他所にウェズンは動じることなくその様子をじっと眺めていた。



「ずいぶん濃い霧を張りやがったな……。見物人を楽しませるつもりはないらしいぜ?」


「アトリアさんの姿……、いえ! それよりも的の位置が全然わからなくなりましたね!」


 並んで試合を見つめるベラトリクスとスピカ。白い煙幕に包まれたようなアトリアの姿を凝視している。


「あれだけ霧が濃いとアトリアさんもウェズンさんの的が見えにくくなりそうですが、大丈夫なんでしょうか?」


「さぁな? 自分で霧を出してんだ。なにか考えがあるんじゃねぇか?」


 ベラトリクスはスピカの問いにぶっきらぼうな答え方をしていた。彼は彼なりにアトリアの戦術を考えているからだ。



 同じくアトリアの展開した霧について考えを巡らすアレンビー。いつの間にか彼女の横に2名の教員も立って、同じ方向を見つめていた。


「アレンビーちゃんの目にウェズンはどう映ったかしら?」


「正直、驚きました。今のブレイズ……、最初の3秒、準備をしている気配はありませんでした。予兆がほとんどない、中級魔法をあんなに瞬発的に発動するなんて……」



 セントラルを首席卒業しているアレンビーですら、単なる詠唱速度ではウェズンに敵わないと思っていた。彼女は心の中でひとり納得するのだった。


『なるほど……、伊達にラナ様と比較されてるわけじゃないわね?』

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