第59話 決着!?

 シャウラは飛び上がったスピカに目を向ける。上からの攻撃に彼女のつくりだした氷壁は無意味、的を移動させつつスピカを迎撃する準備をするが……。



「……陽と重なってる。スピカはともかくとして、『的』の位置がわからない」


「太陽の位置まで計算に入れてたのか! スピカめ、相手をイラつかせる戦い方といい案外実戦のセンスあるじゃねぇかよ!」



 シャウラからの反撃はない。空中に舞い上がったスピカはエアロカッターを放つ。風の刃はスピカが撒き散らした粉塵を裂いて真っ直ぐにシャウラの的へと向かっていく。


「――やった!」


 スピカの放った魔法はシャウラの的を真っ二つに引き裂き、彼女は勝利を確信した。問題は地面に着地する衝撃にどう対処するかなのだが……?



 試合を見つめていたアトリアは、咄嗟にスピカと地面の間に氷の魔法を滑り込ませようとした。あとでなんと言われようとスピカを守りたいと思ったのだ。


 それは、同じく試合を見ていたアレンビーもだった。決して得意ではない風の魔法を使って、わずかでもスピカにかかる衝撃を和らげようとしていた。


 しかし、2人は次の瞬間、己の目を疑うことになる。スピカの落下の瞬間を見ていた学生たちも同様だ。

 なぜなら彼女はまるで羽毛ように柔らかな動きで地面に着地してみせたのだ。


 スピカは着地と同時にアトリアのいる方向へと笑顔を向けた。自分が無事だと表情で伝えているようだった。



「甘いわね?」


「はっ?」



 スピカの笑顔の後ろで、彼女の的は氷の槍に貫かれていた。少し間を空けて後ろを振り返ったスピカ。

 そこにはスティックの先をこちらに向けたシャウラ……、そして数秒前、たしかにスピカが貫いたはずの彼女の的が浮かんでいた。



「勝者、シャウラ・ステイメン!」



 この試合の審判を務めていた学生は状況が飲み込めないでいた。周囲の学生も、なにより対戦相手のスピカですらもだ。そこにシャウラの勝利を告げたのはアレンビーだった。


「えっ! ええっ!?」


 シャウラの顔と浮かんでいる的を何度も見比べて困惑するスピカ。そこに歩み寄って来るシャウラ。


「スピカ・コン・トレイル、私の勝ちよ! けど……、思ってたよりずっと手強かった。あなたやるじゃない? 楽しかったわ」


 シャウラに話しかけられてもまだ頭に浮かぶ疑問符が消えないスピカ。その背中にアレンビーが声をかける。


「惜しかったわね、スピカさん? なかなかおもしろい戦いだったけど、シャウラさんの『的』が偽物だって見抜けなかったみたいね?」



「にっ…偽物ですかっ!!?」



 ただでさえ大きいスピカの声がより大きくなって空にこだました。間近にいたシャウラとアレンビーはわずかに顔をしかめている。




 この戦い、シャウラの氷壁に対してスピカは距離をとり、一種の挑発に近い行動をとってみせた。シャウラはそれに苛立って遠距離攻撃を仕掛け、スピカはそれを待っていたかのように躱しつつ、上から攻撃という奇襲をしてみせた。


 ところが、実際のシャウラはスピカが距離を取って攻撃の姿勢を緩めたときも至って冷静だった。苛立った自分が無理な攻撃を仕掛け、それに対してカウンターで攻めてくる、と予想した上で、あえての遠距離攻撃を放ったのだ。


 ――とはいえ、スピカが大きく飛び上がり、上から的への射線をつくるとはさすがに予想できなかった。空中のスピカに目を向けた瞬間、陽の光が目に入った。

 この瞬間、シャウラは空中での迎撃を早々に諦め、スピカの攻撃をどう退けるかを考えた。


 そして、スピカに向けて放つつもりでいた魔力で「氷の的」を生成。あえて彼女の目に付きやすい位置へ飛ばして攻撃を誘引したのだ。

 スピカは氷の的を本物の的と勘違いして狙い撃った。あとは勝利を確信して油断している彼女に気付かれないよう、的を確実に仕留めるだけである。


 結果的にはシャウラの狙い通りに事は運んだ。しかし、もしもダミーの的の生成に気付かれていたら勝ったのはスピカだっただろう。それはシャウラ自身が誰よりも理解していた。

 それゆえ、シャウラは心からスピカの実力を認めたのだった。



「それにしても……、よくあんな高さまで飛べたわね? あと、今の着地よ? 怪我はなさそうだけど……」


 的が偽物だった混乱か敗北のショックか、呆然としているスピカの肩を叩き問い掛けるアレンビー。

 しかしその時、周囲の学生が沸き立ち歓声が上がった。思わずアレンビーは隣りへ目を向ける。それはスピカもシャウラも同じだった。


 どの学生も自分の試合が終わったあとはこの瞬間を待ちわびていたのだ。舞台には2人の魔法使いが立っている。


 いつも通りの笑顔を浮かべるウェズン・アプリコット。


 無表情に彼女を正面から見据えるアトリア・チャトラーレ。



「そっか、最後はこのカードだったわね。あなたたちの試合がおもしろくて頭から抜けちゃってたわ」


 スピカとシャウラ、一戦終えた直後の2人もたった今、視線はそこに釘付けになった。スピカの視線の先にはアトリア、シャウラはウェズンを見つめている。


 ここにいる全学生と教員とアレンビーも含めた全員が注目する最終試合が今、行われようとしていた。

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