第58話 挑発?
スピカから見て常に氷壁の背面になるように的を動かすシャウラ。これに対してスピカは大きく距離をとったところでじっと動かずにいた。
そして、スティックの先を地面に向け、まるで臨戦態勢を解いたような姿で立っている。表情はあくまで笑顔。それが余裕の笑みなのか、爪を隠した不敵な笑いなのか……、それとも特に意味はない、スピカのいつも通りの笑顔なのかは本人しかわからない。
「……らしくない戦術」
「なにがだ?」
アトリアの呟きにベラトリクスが反応した。
「……シャウラは前回の『引き分け』に納得していない。あの距離でじっとしていれば時間経過でまた引き分けになる可能性がある」
「そういうことか。相手の心理をついた戦術なんて、案外頭使えるんだな、スピカのやつもよ?」
「……それはそうだけど――、らしくない」
アトリアは考えていた。スピカは自分の能力を高めることには労力を惜しまない。ただ、それゆえに結果に拘るタイプでもなかった。この模擬戦でも練習の成果を発揮するための戦いを――、結果を二の次にして行うと思っていた。
ただ、今の戦術は明らかに「勝つため」の戦術だ。
『……ひょっとして、この前、アレンビー先生やパララ先輩と一緒に話したことを気にしているの?』
スピカの狙いは、当然シャウラに伝わっていた。「このまま引き分けで終わってもいいの?」と言葉ではなく戦術として訴えてくる。
シャウラは心の内を見透かされているようで、怒りを
「まったく――、イライラする戦い方ねっ!」
彼女は下級魔法「アイシクルランス」を詠唱し、スピカの的目掛けて発射する。回避するには十分な距離をとっていたスピカは、的を引き連れて大きく横へ移動。向かってくる氷槍の射線から離れ、同時に反撃の魔法の準備を整える。
そして放ったのは風の下級魔法「エアロカッター」、しかし、その矛先はシャウラの的でも、それを守る氷壁でもなかった。
戦いを見守る学生たちから大きな歓声が上がった。その視線の先は、上!
スピカは風の魔法を地面に撃ちつけ、その反動と同時に自身も飛び跳ねたのだ。周りで見つめている学生たちですら、視線を上に向けないといけない高さ。それは相対しているシャウラにとっては、見上げないといけない高さに達していた。
たしかにシャウラのつくった氷の守りは横、平面からの攻撃を想定している。上空からの攻撃なら射線が開けるのだ。
ただし、攻撃の回避と合わせてスピカは飛んだ。つまり、スピカが改めて呪文を詠唱し、魔法を放つのと同じだけの時間がシャウラにもある。
さらに上空から仮に攻撃を仕掛けたとしたら……、落下の衝撃に備える術は果たして持ち合わせているのか?
「マジかっ!? スピカのやつ、無茶しやがるな!」
ベラトリクスが叫ぶ。その台詞は彼女を見ていたすべての者の代弁のようだった。
ただ、この時アトリアは別のことを考えていた。
『……落下にはどう対処する気? いや、それより下級魔法の反動であそこまで高く飛べるもの?』
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