第57話 障壁
スピカのファイアバルーンを魔法結界で防いだシャウラ。再び睨み合いの状態になるが、お互いに魔法の準備が整っていないところが先ほどまでとは異なっていた。
スピカはシャウラに視線を合わせつつ、軽い動きで動き回っている。ただ、以前戦った時と違っているのは、まるでシャウラの攻撃を誘っているかのように、視認して回避できるか否かの絶妙な距離を出入りしているのだ。
そして当然、スピカのこの変化にシャウラは気付いている。前回の引き分けを失態と感じている彼女は、今日の戦いでスピカを完膚なきまで叩きのめすつもりでいた。
しかし、今対峙している相手にそれが容易でないことを認識させられている。
『前回とは明らかに違う……。この前はお遊びで手を抜いてたってこと? そういうタイプには見えないけど?』
シャウラは、スピカが以前の戦いとはまるで別人のような動きをすることに、わずかな戸惑いを感じていた。しかし、あくまでも「わずか」である。
現3回生の中でも上位5本の指には入るであろう彼女は、冷静にスピカの技量を見極めつつ、次の一手を考える。対戦相手の力が上方修正されたところで、まだ自分が上に立っている自負があった。
シャウラは即座に呪文を詠唱し、魔法を使用する。予兆に気付いたスピカは攻撃の隙を窺った。
しかし、使用された魔法はスピカに向けてのものではなかった。彼女は自身の近くに身長ほどの氷塊を生み出し、的をその裏側に隠してしまった。
魔法結界と違い、一度生み出した氷の壁は自然に溶けるまで魔力の消費無しに的を守る、文字通り「障壁」となってくれる。今回の模擬戦のルールは5分内での決着、その時間なら十分盾の役割を果たしてくれるだろう。
「やってることは結界で守ってるのと違わないからな……。ルール的に反則ではないけどよ、シャウラのやつはあそこから動かないつもりか?」
「……スピカを『体力お化け』とわかってるのよ。最初からスタミナ勝負をするつもりはないんだわ」
シャウラは大きく動き回れないハンディキャップを背負った代わりに、的を守る盾を生み出した。スピカがこれを破るには盾の破壊と的への攻撃の2手を使うか、高火力の魔法で氷の壁を貫通する必要がある。
魔法を2回使うなら1手目のあとに――、高火力の魔法を使うなら中級魔法を必要とするため詠唱時間が長くなる。いずれも隙が生まれるのだ。
先ほどスピカが魔法の属性的な相性によって意表を突いたように、魔法は系統によってさまざまな特徴を有する。氷や土の魔法は、こうした物理的障壁を生み出せるのが大きな特徴だった。
『ふん、最初に火属性を使ってきたのには少し驚いたけど、属性に応じた工夫なら負けはしないわ。魔法が単なる弓矢のような、撃ち合うだけのモノだと思ったら大間違いよ』
シャウラの氷塊を見て、スピカは後方に数歩下がった。下級魔法の射程にはあれども、目で見て十分に避けられる距離である。
遠ざかればその分、魔法の威力は弱まってしまう。中級魔法を使えばあるいは距離が遠くても、氷の壁を貫通して的を狙えなくもないかもしれない。しかし、その予兆に気付かれれば、即座にシャウラは攻撃を繰り出してくるだろう。
シャウラは防護壁をつくったことにより、スピカの一手を見てから行動に移せる余裕が生まれた。
対するスピカは――、いつもと同じようにこの状況を楽しむ笑顔を見せるのだった。
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