第56話 センス
「アルヘナさん! 講義、出席しなくて大丈夫なんですか!?」
編入生のアルヘナ・ネロス、魔法研究員志望の彼は、本来なら魔法科学の講義を受けている時間だった。
しかし、今彼が向かっているのは第一演習場。ここでは魔法使い志望の同級生が模擬戦を行っている。
足早に第一演習場の、闘技場区画を目指すアルヘナ。彼の後ろを2人の同級生が追ってきている。1人は男子、もう1人は女子学生だ。
「やっぱりアルヘナさんも気になりますか? ウェズンさんとアトリアの試合?」
アルヘナの背中に追い付いた男子学生が問い掛けた。それに対して彼はまったく見向きもせず、ひたすら前を向いて歩いている。まるでその声が届いていないかのように……。
「噂では、魔法使い志望の中では、実質これが最強決定戦らしいじゃないですか?――といっても、あのウェズンさんが負ける姿は想像できませんけど」
アルヘナの右横に並んだ女子生徒は笑いながらそう話しかける。前髪の隙間からほんの一瞬だけ、女子生徒を見た彼はとても小さな声で呟いた。
「僕が見たいのは――、ウェズンじゃない」
◇◇◇
3秒……、セントラルに属する魔法使いなら下級魔法の詠唱には十分な時間だ。 本来の闘技場の4分の一の広さは、即座に攻撃魔法の射程内となる。ただし、あくまで「射程内」とはいえ、実際の戦いではもう1つ、大事な距離があった。
それは視認してから回避、もしくは防御が間に合う距離。スピカとシャウラは下級魔法を視認して、回避行動がギリギリ間に合うであろう距離をとって3秒間睨み合っていた。
お互いの気配は、魔法の詠唱を終えた状態――、引き金を引けばいつでも発射できる状態で静止している。
詠唱完了の状態は、その維持だけでもそれなりに魔力を消費する。ゆえにこの膠着状態は長く続かない。
先に魔法を放ったのはスピカ!
しかし、彼女のスティックから魔法が放たれた瞬間、周囲からどよめきが起こった。
「なっ…、なんでファイアバルーン!?」
シャウラは意表を突かれた。詠唱を完了していた魔法を撃たずに、結界でファイアバルーンを防ぐ。
彼女はスピカの魔法に自身の魔法をぶつけての相殺――、もしくは貫通してのカウンターを狙っていた。同じ下級魔法なら威力で自分が勝ると思っていたからだ。
しかし、それはあくまでもスピカが得意とする「風属性」の魔法を放った場合の話。火属性のファイアバルーンが相手となると、威力に関わらず氷属性のシャウラの魔法は相性で負けてしまう。
スピカの初手はシャウラの結界によって防がれた。しかし、その様子を眺めていたアレンビーはスピカに関心していた。
同じ環境で魔法を学んでいるがゆえに、お互いが得意とする属性を知り尽くしている。スピカはその先入観を利用して、あえて得意でなくても相性で勝る魔法を選択したのだ。
もっとも、スピカが火属性の魔法を使えたのは、開幕3秒間の魔法禁止――、このルールによって詠唱に余裕があったからである。ここから先、得意の風属性以外を使うのは難しいだろう。
ただ、この特殊ルールも含めて戦術に利用したスピカのセンスに、アレンビーは一定の評価を下したようだ。そして、それは彼女を見守る同級生たちも同じだった。
「……魔法の予兆をもっと注意深く感じ取れば、属性の見分けはついたでしょうにね」
「ああ、シャウラの怠慢って言えばそこまでだが、普段のスピカを知ってたら、風がくると思うよな? 過去に一戦やってたら尚更だ」
「……思い込みって怖いわね。スピカのセンスを甘く見てたかも」
スピカを評価するアトリアは自然と口元が綻ぶのを感じていた。その表情を隣りに立つベラトリクスはまじまじと見つめている。
「なんだ、お前? 妙に嬉しそうじゃねぇか?」
「……あんまりこっち見ないでくれる? 不快」
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