第55話 視線の先

 第一演習場では次々と模擬戦が行われていた。教員2名とアレンビーは4つの試合を見てまわりながら各生徒の動きをチェックする。生徒たちは当然勝敗に拘って戦っているのだが、見ている側の注目しているところはそこではない。


 魔法の威力や詠唱速度はもちろんのこと、的の扱い方や工夫の仕方。そして、対人戦における実践的な動き。これらに重きを置きながら各試合を見つめている。       

 もっとも、彼らの注目点に優れている者たちは、結果として勝利もつかみ取っている者がほとんどだった。



 詠唱速度や狙いの正確性といった魔法の技術において秀でているサイサリー。そして、空間をいっぱいに使った動的な戦い方に優れるゼフィラ。

 奇しくも、始業2日目に編入生と模擬戦を繰り広げた生徒たちがその実力を見せつけて早々に勝利を収めていた。


 そして、その編入生側のベラトリクス。ここでも無茶な戦い方をしないかと心配されていた彼だが、予め「魔法闘技ルール」と決まっていれば、しっかりそれに乗っ取って戦う男だ。

 加えて、ルール無用でなくても十分に能力をもっている男でもある。彼は対戦に勝利すると、雄叫びを上げた後にキョロキョロと周囲を見回した。そして、アレンビーをその視界に入れると、猛スピードで駆け寄ってきた。


「先生! 今の試合見てました!? オレの圧勝でしたよ!」


「え…、ええ、そうね。別に報告にこなくてもちゃんと見てるわよ……」


 ベラトリクスはアレンビーの「ちゃんと見てるわよ」の意味をなにか勘違いしたのか、ひとりガッツポーズをするのだった。



 今回の模擬戦は闘技場の4分の1サイズで行っているため、試合開始の瞬間から魔法の射程内になる。便宜上、「開始から3秒間は魔法を使用禁止」のルールを設けているため、開幕と同時に決着のようなことは起こらないが、それでもやはり決まるのは早かった。


「次! シャウラ・ステイメンさんとスピカ・コン・トレイルさん!」


 審判役の生徒から声がかかり、2人の生徒が闘技場に歩み出る。それぞれの立ち位置に別れる前に顔を見合わせた両者。いつも通り、楽しくて仕方ないといった様子で笑顔をみせるスピカと、それと相反して不機嫌そうな表情のシャウラ。

 進学組と編入生の模擬戦で唯一「引き分け」に終わった2人。他の生徒の多くがすでに試合を終えたことも手伝って、彼女たちの戦いは注目を集めた。



 試合開始の合図は簡易なもので、小さな赤い旗を振り下ろすだけ。赤旗に集められていた生徒の視線は、それぞれシャウラとスピカにその先を変えた。


 開始3秒、公式の闘技場よりずっと狭い空間で戦うがゆえに「魔法を使えない」と定めたこの時間。戦う2人にとっては3秒後に対処する「読み」と「牽制」が交錯する濃密な時間。


 生徒の注目度合でいうならシャウラだ。多くの視線は彼女の方に向けられている。一方で、この日に備え数日にわたり共に練習を重ねてきたアトリアは、その光景を振り返りながらスピカを見つめていた。


「けっこう練習してたみたいだな? 勝てそうなのか、スピカは?」


 彼女の横に立って話しかけたのはベラトリクス。その視線の先にははやりスピカの姿があった。


「……技術ではまだまだシャウラに分がある。あとはスピカのセンス次第」


「それなりに期待してる感じだな? オレもあいつはおもしろいから好きだぜ?」


「……どうかしらね」



 互いに顔を合わせることはなく、見つめる先を同じにする2人。さながら進学組と編入生の試合の続きが始まるようであった。

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