第50話 ユタタ
偶然とはいえ、見知った顔含めて複数のお客が同時に訪れた酒場「幸福の花」。センセ、スピカ、アトリアに優先して昼食を振る舞い、遅れてよく知る3人にも手料理を準備するラナンキュラス。そして、彼女を手伝いながら、配膳に右往左往するスガワラ。
皆は昼食を終えると揃ってアイスクリームを注文。作り置きも大量にあるのだが、カレンの希望で人数分その場で作ることになった。
かつてスガワラへの仕事の依頼から、まわりまわってラナンキュラスが買い取ったアイスクリームメーカーこと、通称「マホウビン(スガワラ命名)」。
遺跡から発見されたこの道具には、ラナンキュラスから「カエルさん」と呼ばれ、スガワラは「半魚人」と呼ぶ謎の生き物が描かれている
その奇妙な顔の描かれた容器に材料を詰め込んで、ぶんぶん振り回すと中でアイスクリームができ上がる。容器に目いっぱい詰めればそれなりの量にもなる。
もしも足りなければ、さすがに作り置きをもってこようと考え、スガワラは材料となる牛乳と砂糖、そして氷と塩を入れて容器を密封した。
容器に取り付けられたよくしなる棒を握って彼が容器を振り回すと、カレンは腹を抱えて笑い出した。
奇妙な顔の描かれた容器が回転する光景はなかなかに珍妙であり滑稽で、パララも大きな声を上げて笑い、アレンビーは声こそ押し殺すものの笑いを堪え切れず下を向いて震えていた。
アレンビーとよく似た反応で必死に声を殺して、ひとり笑いと格闘するアトリア。一方で、目を輝かせて容器の顔を追いかけるスピカ、そしてその光景を楽しそうに見守るセンセの姿。
そして、でき上がったアイスクリームの味にはみんなして表情を緩め、感嘆の息をもらすのだった。
酒場の中は、今まさに幸福が咲き乱れているようだった。
初めて顔を合わせる者、名前だけ聞いたことある者、お互いに顔だけは知っていた者――、それぞれが共通の知り合いや場の空気も相まって自然と打ち解けていく酒場。
「……あの、ローゼンバーグ様はカレン様とお知り合いなのですか?」
アトリアは伝説の魔法使いを前に緊張をしながら恐る恐る声をかける。
「ええ、ボクとカレンは幼馴染といいますか――、親友ですよ」
「面と向かって言われるとちょい恥ずかしいけどさ、まぁそういう関係だねぇ。スガやパララちゃんなんかはここで知り合った仲間さ。なにかと出会いの多い酒場だことで」
「スピカ・コン・トレイルです! あたしも今日から皆さんのお友達にしてもらっていいですか!?」
スピカの大きな声が酒場に響く。センセは呆れた表情を向け、アトリアも頭を抱えるような仕草をしてみせた。
ただ残った5人は、彼女の輝く目を見ながらにこやかな笑顔でそれに応える。
「ぱっ…、パララ・サルーンです! いっ一応、スピカさんやアトリアさんの先輩になります! よろしくお願いします!」
「なんであなたは後輩相手にもガチガチなのよ……。アレンビー・ラドクリフよ、知ってるだろうけどね。臨時講師の間は『先生』、終わったら友達ね」
「ボクのことは『ラナ』と呼んでください。堅苦しいのは苦手ですから」
「チャトラの同級生だってね? カレン・リオンハートだ。よろしくさん」
「スガワラ・ユタカです。コントレイル……、飛行機雲ですか。空を飛べそうな名前ですね」
スガワラはこう口にしながら「飛行機雲」は伝わらないだろうな、と思った。
スピカは一人ひとり確認するように真正面から顔を見つめて名前を呼んでいった。しかし5人目、スガワラのところで言いよどむ。
「スガワ、わ…ユタ、タさん!」
スガワラは自分の名前がこの世界の住人にとって発音しにくいのを十分理解している。過去に幾度もこれと同じ経験をしていたからだ。ただ、ここ最近はそれもなかったので何故か少し感慨深くなっていた。
「そっ…そうです! ユタタさんです!」
パララがスピカに謎のフォローを入れたことで、スガワラを「ユタタ」と呼ぶ人間がここにまた1人誕生したのだった。
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