第45話 姦しい?

「おふたりはご結婚されてるのかしら?」


「えっと……、私は単なる雇われのウエイターです。ラナさんがここの店主なんです」



 お昼時の酒場「幸福の花」、先日アイスクリームを求めてやってきた長身の女性は再びここを訪れていた。


「これはこれは……、不躾な質問を失礼しました。とても仲が良いようでしたからね、くふくふ……」



「お客様はアイスクリームがお気に召されたようですね?」



 女性客の座るテーブルに水を運んできたラナンキュラス。スガワラは空いている席を整えていた。


「ええ、ええ。あんなにおいしいものは初めてでした。お店も綺麗で落ち着いていますから、待ち合わせの場所には最適と思いまして」


 彼女は席に着いているが、まだなにも注文していない。知り合いをここに招待しているようで、その到着を待っているのだ。


「お知り合いを呼んでくれるのはとても嬉しいです。夜はお酒も振る舞ってますからぜひいらして下さいね?」


「ありがとう、かわいいお嬢さん。よければお名前を聞かせていただけませんか?」


「ボクはラナンキュラス。お客様はみんな『ラナ』と呼んでいます。それで、向こうにいるのはスガワラさん、みんな『スガさん』と呼んでますよ」


 ラナンキュラスは、スガワラの方に手を向けながら笑顔で説明していた。


「ラナンキュラス……、ラナさんと、スガさんですか。私は名乗るほどの者ではありませんが……、『センセ』とでもしておきましょう」


「センセ……? 先生ですか?」


 首を傾げて尋ねるラナンキュラス。それには薄い笑みを浮かべて答えた。


「少し訳ありなんですよ。くふくふ……」


 彼女の返事にラナンキュラスはただ微笑みだけで応えた。


 自身の意思に関係なく、その名が広く知れ渡っているラナンキュラス。その彼女ゆえに、不用意に名乗れない事情に察するものがあったのかもしれない。



「おやおや……、どうやらお客さんが来たようです。私にはお構いなく」


 女性の視線の先は酒場の入り口、ガラス越しに数名の人影が映っており、なにやら賑やかな話し声も聞こえてくる。いずれもラナンキュラスにもスガワラにも聞き覚えのある声だった。


「やほー、ラナ、スガぁ! 遊びに来たよ」



 扉を開けて入って来たのは、相変わらずラフな私服姿のカレン。その後ろには2人、濃紺のボレロを纏った背の低い女性と黒を基調とした司祭服に似た衣装を着た女性がいた。


「こっ…こんにちは、ラナ! それにユタタさん!」


 少しぎこちない口調で挨拶をしたのは、パララ・サルーン。ラナンキュラスやスガワラ、カレン共通の友人であり、非凡な才能をもつ魔法使いである。彼女はスガワラの下の名前「ユタカ」から変化した「ユタタ」という独特の呼び方をする。


 そして、その隣りにいるのはアレンビー。彼女はパララと友人であり、ライバルでもある。また、ラナンキュラスを「神様」と形容するほど畏敬の対象としている。


「ラっ…ラナ様! 本日もご…ごき、ご機嫌麗しゅうございます!!」


 アレンビーの妙に上擦った大きな声が酒場内にこだまする。普段の彼女は、知的でクールな印象の女性なのだが、ラナンキュラスの前でのみ、その雰囲気は一変する。


「あらあら……、みんな揃っていらっしゃいませ」


「うん、駅んところでばったり会ってさ。私はアレンビーちゃんとはあまり面識なかったから話しながら来たとこだよ」


 そう言ったカレンは、4人掛けの席に座る身体の大きな女性客に目をやった。視線の合った女性はその表情を緩ませてカレンに応える。ばつが悪そうに頭を掻きながら頭を下げるカレン。


「ああ……、騒がしくして申し訳ないねぇ」


「いえいえ……、賑やかなのは大歓迎ですよ? それにもう時期もっと騒がしいのがここに来ると思いますからね? くふくふくふ」


 女性客の返事を聞いて不思議そうに首を傾げるカレンだった。

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