◇間奏7
酒場「幸福の花」、お昼の波がひと段落し、スガワラは外に出て扉に「close」の札をかけようとしていた。日中の気温は非常に高く、暖められた地面が冷めるまではまだまだ時間がかかりそうだった。
彼は先日取り付けた店の名前の看板を見て、ひとり頷いていた。
「――お背中から失礼。お兄さん、少しよろしいかしら?」
やや低めの女性の声で話しかけられたスガワラは後ろを振り返った。すると、そこには見上げるほど大きな背丈の女性が立っていた。
彼の知り合いでもっとも長身なのは剣士ギルドのグロイツェル、その男と同じかそれ以上の背丈をした女性。
全身を包む漆黒のドレスに、同じく黒でつばの広い三角帽子を被っている。衣装とは対照的に女性の肌は、生気が抜けたように白い。まつ毛の長い目元はまるで黒く塗りつぶしたようにさえ見えた。
色の無い世界から抜け出してきたような風貌、その姿からスガワラが無意識に連想したのは「魔女」の2文字。
少しの間、その姿に呆然としていた彼だったが、我を取り戻して問い掛けに返した。
「しっ…失礼致しました。いかがされましたか?」
「こちらこそ驚かせてごめんなさい? この辺りで『あいすくりーむ』というとっても冷たくて美味しいスイーツを食べられるお店があると聞いて来たのだけど……?」
女性の話を聞いてスガワラの表情は明るくなった。手に持っていた「close」の札を背中に隠して答える。
「それならここですよ。召し上がっていかれますか?」
女性は声を出さずに、口で大きな弧を描いて笑ってみせた。そして、スガワラの顔……、というよりは彼の全身を観察するように見つめている。
「ここであってたのね……、ぜひぜひいただきましょう。こう暑いと内側から冷やしたくなるのよ」
スガワラは、女性の服装に改めて目をやり「その恰好なら暑くても仕方ないだろう」、と思いながら口には出さずに扉を開けた。
「あらあら、いらっしゃいませ」
カウンターの拭き掃除をしていたラナンキュラスが女性の来店に応対する。テーブル席に腰掛けた彼女に、氷を入れた水を差し出した。遅れて入ってきたスガワラからアイスクリームの注文を聞き、にこやかに応える。
「綺麗なお店……、この時間はいつも開いているのかしら?」
スガワラは、おおよその営業時間を伝えた。お昼は明確な時間を決めていないのだ。お客の波が途絶えた頃合いで適当に閉めて、夕方の営業の仕込みを始めている。
「お待たせしました。アイスクリームです」
ラナンキュラスは、透明のお皿に盛った半円の真っ白なスイーツと銀のスプーンをテーブルに並べた。その姿を女性客はじっと見つめている。
その様子を不思議に思ったのか、ラナンキュラスは女性の顔に目をやり、軽く首を傾げた。
「かわいい店員さんで思わず見惚れてしまったのよ、気にしないで」
そう言って彼女は、スプーンで半円の天辺を掬いとり口へと運ぶ。ほどなくして口元を大きく緩めた。
「これはこれは……、こんなに冷たくて甘いスイーツは初めてだよ。あの娘にも教えてあげないとね。くふくふ……」
女性客の笑顔を見て満足したラナンキュラスは、彼女の席から離れた。その背中を、アイスを口に運びながらじっと見つめる女性。
「それに……、店員さんたちもおもしろそう」
その一言は、ラナンキュラスにもスガワラにも届かないただの独り言だった。
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