第39話 対戦相手

 ベラトリクスとアレンビーの模擬戦は、試合開始の合図とほぼ同時に終結を迎えた。初期位置にいるアレンビーの杖先から放たれた炎の閃光は、同じく一歩も動いていなかったベラトリクスの的を貫いた。


 見つめる学生たちが……、敗北したベラトリクスまでもが唖然とするしかないほどの呆気ない決着だった。



 成す術のなかったベラトリクスの元に歩み寄るアレンビー。


「『本気で』って言ったでしょう? あの距離から魔法が飛んでくるなんて思わなかったのなら、その時点であなたの負けよ?」


 笑顔のアレンビーに、ベラトリクスは一瞬悔しさをにじませる。しかし、少しの間をおいて彼も笑顔をみせるのだった。


「半端ねェな、先生……、完敗スよ」


「大人げないかも……、とは思ったけど、あなたには手加減する方が失礼と思ったからね?」



 アレンビーのとった初期位置から魔法を放つ戦術は、通常あり得ない方法だった。それは一般的な魔法の射程を考慮したうえで、ことを想定した距離に闘技場は設定されているからだ。


 ただ、彼女の魔法闘技の戦歴でもっとも苦戦したであろう相手、魔法学校の同級生でもあるパララ・サルーンと決闘した際、パララはこの方法を用いたのだ。


 大量の魔力消費による射程の延長と神がかった正確な狙いによってのみ、この方法は成立する。パララの場合は距離こそ届いたものの、狙いをわずかに外していた。

 アレンビーは、ライバル視する彼女の戦術をより正確な狙いで再現してみせたのだ。


『私にだってやれるのよ? パララ、あなたには負けないんだからね』



 ベラトリクスは頭を大きく下げて、最敬礼でアレンビーにお礼を言った。その彼に、軽くローブで拭って右手を差し出すアレンビー。

 両者の握手が交わされると、見守る2人の教員と学生たちから大きな拍手が巻き起こった。


「ちなみに先生は67です。最高スよ」


「なにが?」



◇◇◇



 アレンビーの受け持つ今日の授業は一旦終わりを迎えた。次回の授業では学生同士が1対1で魔法闘技ルールの模擬戦を行う。各々が対戦相手をどうするか相談していた。


 アレンビーとの模擬戦に負けたベラトリクスを囲むように何人かの男子学生が話しかけている。荒々しい性格の彼だが、それなりに学内で友人をつくっているようだ。


 その様子を眺めていたアトリアは、ベラトリクスを囲む学生の1人に声をかけた。そこにがいることに違和感を感じたからだ。


「……サイサリー・アシオン? あなたベラトリクスと仲がいいの?」


 サイサリー・アシオン、入学2日目に行った模擬戦にてベラトリクスに顔面を蹴られた生徒だった。


「アトリアだっけ? たしかに傍から見たら不思議に見えるよね、顔を蹴ってきた男と一緒にいるなんてさ?」


 アトリアが頷くと、サイサリーはベラトリクスの方にチラリと目をやり、少しだけ歩いて彼との距離をとった。そしてアトリアに、進学組と編入生が模擬戦をした日の、試合後について話し始めた。


「ベラトリクスのやつ、僕の部屋をわざわざ訪ねて来て何度も謝ってくれたんだ

よ」


 実戦的なルールでなら、ベラトリクスは手段を問わず勝利を奪いにくる男だ。しかし、それはあくまで「戦い」の中での話、外では相応の礼儀をわきまえているようだ。


「こっちがひくほど謝ってくるし……、それに彼やウェズンさんの言うことも一理あるとは思う。話してみたら案外おもしろいやつだしね」


 ベラトリクスの意外な一面を知って、彼をわずかながら見直したアトリアだった。


「シャウラや僕は別に編入生を除け者にしたいわけじゃないんだ。ただ、このセントラルに見合う実力があるか確かめたかった。2年間ここで学んできた誇りがあるからね?」


「……ふん、見合う実力かどうかなんて学生が決めることじゃないでしょう。私たちだって編入試験を受かったからここにいるのよ」


 サイサリーはその通りだと言わんばかりにふっと息を吐き出した。


「君と戦ったゼフィラは、ただ練習に誘ったら乗ってくれただけなんだ。彼女は声をかけたらどこでも顔を出すタイプだからね」


「……つまらない争いにはもう巻き込まないで。挑まれたら実力で叩きのめすのが私のやり方だから」


「アトリア・チャトラーレ、君の実力は十分理解しているよ。すでに学年でトップクラスにあるんじゃないかな」


 アトリアはサイサリーの話を聞きながら、その視線はある学生を探していた。「トップクラス」ではなく、間違いなく「トップ」に君臨している彼女の姿を。




「スピカさん。次の授業、私と戦ってくれないかしら?」


 その頃、スピカはある女子学生に模擬戦の相手を申し込まれていた。それは、3日前に模擬戦をしたシャウラ。


「この間のあなたとの模擬戦、引き分けなんて納得いかないのよ。魔法闘技ルールでしっかり白黒つけましょうよ?」


 ウェズンの仲介によって引き分けになったことをまだ彼女は引きずっているようだ。一方のスピカは、彼女の感情など意に介さず、ただただ対戦を申し込んでくれたことに喜びを感じているのだった。


「ありがとうございます、シャウラさん! ぜひぜひよろしくお願いします!」




「……ウェズンさん、私と模擬戦をしてもらえませんか?」


 同じ頃、アトリアはウェズンに模擬戦の相手を申し込んでいた。いつも笑顔のウェズンはアトリアの申し出により一層笑顔を輝かせた。


「あらあらぁ、嬉しいわ。最近は誰も私を指名してくれなくて寂しく思っていたところなの」



 ウェズンとアトリアの対戦は、3回生のなかで一気に注目を集めることになる。現状3回生……、いや在学生すべてで見てもトップの魔法使いかもしれないウェズンと、編入生ゆえに未知数ながらも、今の段階で3回生のトップクラスに位置するアトリア。


 彼女たちの戦いは、現セントラル3回生の最強決定戦といっても過言ではなかった。

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