第37話 強運の持ち主

「的の操作は簡単だけど、自分から離れると魔力の負担が大きくなるわ。魔法闘技のルールでも、自分の身長より遠くに飛ばすのは反則だから注意して?」



 アレンビー先生の話を聞きながら、的を自分の周りで動かします。「的」はあたしの身長の半分くらいの大きさで、円形に切り取られた半透明の紙といった感じです。とってもペラペラなのに強風にも耐えてくれるそうです。ですが、たとえ威力が低くても、魔法に当たると簡単に破れてしまう不思議な代物です。


「的を操作するのは、物体に魔力を伝える訓練にもなるわ。実戦はともかくとして……、魔技師や研究員志望の子も扱えるようになっておきなさい」


 あたしたち3回生は、先生の号令に応じて右に左にと的を動かします。実は、この操作自体はそれほどむずかしくないのです。

 あたしも村でセンセに何度か教えてもらっていました。コツを掴むとすぐ自在に動かせるようになります。


 ですが、実際の魔法闘技では、これをしながら相手の的を狙わないといけません。場合によっては、魔法結界で守ったりすることもあります。そうした的の操作と魔法の連動、これを同時にこなすとなるとむずかしくなっていくのです。



 授業は、先生の言われる方向に的を動かしながら決まった場所に魔法を放つ練習を何度も繰り返しました。

 同じ動きを繰り返して、意識的にやっていることを無意識に落とし込むのが大事だそうです! そういえばセンセも似た話をしてくれたことがあります。



「さすがセントラルの3回生ね、みんなとても上手。次回は練習場を4分の1ずつ使って魔法闘技ルールで模擬戦をしてもらうわ。対戦相手に希望があったらエクレール先生かティラミス先生に申告して? 希望無しの子はこっちで勝手に決めるから」


 授業の時間はあっという間に過ぎていきました。アレンビー先生に教われるのはあと1回だけだと思うと少し名残惜しいですね。


 あたしがそんなことを思っていると、どこからともなく声が聞こえてきました。



「アレンビー先生の実戦が見たいです!」



 誰が発した一言かわかりませんが、学生のみんなが一斉に期待の目をアレンビー先生に向けました。対する先生は、その視線を隣りにいるエクレール先生に向けます。まるで伝言ゲームみたいでした。

 エクレール先生は、眼鏡のブリッジに指をやって位置を整えながらアレンビー先生にこう応えました。


「アレンビーがいいなら1戦くらい問題ないでしょう? 生のあなたを見られるせっかくの機会ですからね?」


 エクレール先生の返事を聞いてこの場が急に沸き立ちました!


 間近で見られるどころか、1人だけですが直接戦える機会をもらえるみたいです!



「1戦だけよ? 代表者を1人決めてね。せっかくだから練習場をいっぱいに使って真の魔法闘技ルールでやりましょう?」



 模擬戦をする代表者をみんなで決めることになりました。希望者は挙手するよう言われたので、あたしも手を上げました。近くにいたアトリアさんも手を上げています。


「ジャンケンで決めましょう! 最後まで勝ち残った人がアレンビー先生の相手よ!」


 あたしたちは円になってジャンケンで代表者を決めます。ジャンケンは3すくみの手のかたちで勝敗を決めるゲームです! なんで「ジャンケン」というかは知りませんが。

 3すくみなので、対戦する人数が多いとなかなか決着がつきません。何度も「あいこ」を繰り返します。



「あっ!」



 幾度目かの対戦にてついに1回目の勝敗が着きました。手のかたちがキレイに二通りに別れたのです。ですが……、残念ながらあたしはその負けた方の手を出していました。

 がっかりしながらジャンケンの輪を抜けると、隣りにアトリアさんがいました。


「……あなたも負けたの? 私も。残念だったわね?」


 2人でジャンケンの輪から少し距離を置いて結果を見守ります。たとえ自分ではなくても、誰がアレンビー先生の対戦相手になるかはとっても興味があるからです。


 対戦を繰り返すうちに徐々にジャンケンの輪は小さくなっていきます。そして、残り5人ほどになったときでした。



「うおっしゃあああ!! オレ様の一人勝ちだぁ!!」



 輪の中から大きな声が聞こえてきました。それも聞き覚えのある男の人の声です。


「アレンビー先生! オレが代表ス! よろしくお願いします!」


 先生の元にずんずんと大股で歩み寄っていく人は間違いなくベラトリクスさんです。あの人数のジャンケンを勝ち残るなんてすごいですね!


「……よりによって、なんであの男なのよ」


 アトリアさんは不満そうにそれだけ言いました。

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