第35話 アレンビー先生

「ご無沙汰しております。エクレール先生、ティラミス先生」


 セントラルにあるティラミスの研究室、まるで服飾の研究室かと見紛うほど、様々な衣装がハンガーラックに吊るされて並んでいる不思議な部屋。

 魔法ギルド「知恵の結晶」から臨時講師として派遣されたアレンビーは、彼の部屋で授業内容の説明を受けていた。

 彼女は教師ではないため、エクレールとティラミスの2名が補佐に付く予定となっている。


「なんだか申し訳ないです。私なんかの授業に先生方のお力を借りるなんて……」


 アレンビーは正面に座る2人の教員に頭を下げながらそう言った。


「ふっ……、知恵の結晶でずいぶんと揉まれましたか? ここにいた時のあなたはもっと尖っているイメージでしたが?」


 エクレールが微笑みを浮かべながら彼女に問いかける。


を覚えただけですよ? 肩肘張ってばかりでは疲れますから」


「アレンビーちゃんも忙しいだろうに、無理なお願いをしてごめんなさいね? でも、魔法闘技であれだけ活躍してるあなたが来たらみんな大喜びだと思うのよ?」


 ティラミスは、声の低さとは明らかにミスマッチな口調でアレンビーに話しかけている。彼は常日頃からこのなのだ。


「察していますよ? うちのマスターは宣伝が大好きな人ですから。『知恵の結晶』の名をしっかり広めつつ、講師の務めも抜かりなくやらせてもらいます」


「ほぉんとに、アレンビーちゃんったら……。すっかり大人になっちゃったわね? 

だけど、成長したあなたを見られてとっても嬉しいわ」


「恐縮です。それで……、私の担当は実技ですか?」


「ええ。各学年で2コマずつ授業を設けておりますので、あなたの得意な、『魔法闘技ルール』での戦い方を教えてあげてほしいのです」



 「魔法闘技」は、アレクシア王国で非常に人気の高い競技のことである。魔法使い同士が闘うものだが、術者を直接狙うわけではなく、魔力で操作できるマジックアイテム「まと」の撃墜を狙って競い合うものだ。


 実際の競技ルールでは、使用できる魔法に制限があったりするのだが、今回の授業はあくまで、自分の意思で的を自由に動かすこと、そして正確にそれを狙い撃つことに重点を置いている。

 アレンビーはこの競技で連戦連勝を重ねるスター選手として名が通っている。アレクシアの中で彼女はそれなりの有名人となっているのだ。


「わかりました。最初の授業はたしか3回生が対象でしたよね?」


「そうよ。編入生も混ざってなかなかおもしろい子たちが揃っているわ。ウェズン・アプリコットっていうとんでもない子もいるしね。一部からは『ローゼンバーグの再来』なんて言われている子よ?」



 ウェズン・アプリコット……、アレンビーも小耳に挟んだことのある名前だった。今の3回生であれば、去年卒業したアレンビーと在学の期間も被っている。2年下に驚くほど才能のある子がいる、といった話は聞いていた。


「それはそれは。才能ある子をこの目で見られるだけでも、セントラルここに戻ってきた甲斐があるというものです」


 今は「臨時講師」の立場だが、彼女も当然「魔法使い」。ましてや「ローゼンバーグの再来」などと聞けば、を知っている彼女の血が騒がないわけもなかった。

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