◇間奏5

 剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」本部の最上階、ギルドマスターを務めるシャネイラ専用の部屋がここにはある。窓から街を見下ろす彼女の姿は、陽の光が翡翠のような髪を照らし、神々しさを纏っていた。


 ここにもうひとり、背丈の大きな男がいた。彼の名はグロイツェル。この剣士ギルドの1番隊隊長を務める男であり、組織の実質的な運営は彼の手に委ねられている。



「――例の法案が通りますと、我々への締め付けは厳しくなるでしょう。ですが、『知恵の結晶』を味方にすれば状況は一変するかと……」


 グロイツェルは1cmほど厚みのある文書に目をやりながらシャネイラの背中に話しかけていた。彼自身がその書面に何度も目を通したのか、紙の端はくたびれている。


「ギルドの所属人数に応じて税の徴収額を引き上げる……、ですか。現状ですと影響を受けるのは私たちくらいのようですね」



 ブイレヴ・ピラーはアレクシア王国で最大の剣士ギルドである。その規模は、魔法ギルドといった分野違いの組織と比較しても圧倒的だった。

 その大きさゆえに、戦力を危険視する者も少なからず存在している。また、同系統の他団体から、権利の独占と非難されることもあった。

 実際に優秀な人材や報酬の良い依頼の多くがブレイヴ・ピラーに集中して流れている。


「利益に応じた税はしっかりと納めているはずですが、『王国』はよほどのことが気に入らないのかもしれませんね?」



 シャネイラ・ヘニクスは、かつて王国騎士団の最前線で戦った伝説の魔法剣士でもある。彼女が国のために戦っていたのはずっと昔……、シャネイラの容姿からは考えられないほどの年月が流れている。

 彼女が前線にいた頃、共に戦っていた剣士や指揮を執っていた者たちはその間に出世を重ねていた。今となっては、王国の重要なポストに就いている者も少なくない。


 彼らにとってシャネイラは、余計なことを知り過ぎている非常に厄介な存在なのだ。そんな人間がトップに君臨する組織が、国の中で勢力を拡大していけば当然それを止めようとする力が働く。


「知恵の結晶だけは、法案に対して否定的です。彼らは急拡大している組織ですから、将来を見越してのこともあるのでしょう」


「あのギルドは代表が商人上がりですからね。利害が一致すれば力を貸してくれるでしょう。グロイツェルは彼らへの協力を取り付けてもらえますか?」


「心得ております。お任せを」



 今、アレクシア王国では広くギルドへ向けたが議会を通過するか注目されていた。その内容は簡単に言うと、シャネイラが述べた「ギルドの所属人数に対して課税を増額する」といったものだ。


 その増加額は、ある一定数を超えると跳ね上がるように調整されており、現状この国で対象になるのは、ここ「ブレイヴ・ピラー」のみだった。明らかに、この組織の勢力拡大を止めようとする意思が垣間見れる。


 審議する議会は、国を代表する議員の多数決によって決定する。今回の案件は予め仕組まれたもののようで、多くの議員がすでに法案を可決する方向で進めているようだ。


 アレクシアに存在するいくつものギルドや王国内部にブレイヴ・ピラーの拡大に待ったをかけようとする者たちが存在している。は特に示し合わせたわけでもなく、法案の内容からその意思を汲み取って独自に動いているのだ。



 しかし、ブレイヴ・ピラーもこの事態に対して指をくわえて見ているわけではない。その規模の大きさゆえ、彼らを味方につけたい議員たち……、いわば有利な方にいつでもなびく現状「中立」の者たちを囲い込む動きはすでに始まっている。


 そして今回、魔法ギルドで最大規模を誇る「知恵の結晶」が意見を同じにしていると判明したのだ。2つの組織が手を取り合えば、手のひらを反す議員が大勢出てくるのは容易に想像できた。


「これほどまでにわかりやすいをしてくるとは……。逆にこちらの存在を恐れている、と言っているようなものです」


 シャネイラは見慣れた城下町の光景を見下ろしながら、そう呟き……かすかに笑みを浮かべるのだった。

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