◇間奏6
「『幸福の花』ねぇ……、いい名前付けたじゃないか?」
ラナンキュラスの酒場「幸福の花」、夜は常連客でいつも繁盛している。ここに毎日のように顔を出すのは彼女の幼馴染であり、親友のカレンだ。
剣士ギルドの制服から着替え、首元が少し大きめに開いた半袖の服と黒いスラックスを着ている。
ラナンキュラスは以前スガワラから聞いた話を――、自分と同名の花に込められた意味がその由来だと説明した。
そこへ注文のお酒を持ったスガワラもやってくる。ラナンキュラスはちょうど料理人のブルードに呼ばれ、入れ替わるように厨房へと入っていった。
「よう、スガ? ラナとは仲良くやってるのかい?」
カレンは真横にいるスガワラにしか聞こえない程度の小さな声でそう尋ねた。――にも関わらず、スガワラは慌てたように周囲に目をやってから返答するのだった。
「ええ……、まぁ。その……、今までとそれほど変わっていませんが……」
ラナンキュラスとスガワラ、お互いが好意をもっていることにカレンは以前から気付いていた。しかし、実際に彼ら2人が付き合い始めたのはごく最近の話である。
彼らの関係を知っている人は限られており、カレンとブルード、共通の友人である魔法使いのパララくらいのものだ。
「まったくいい大人がじれったいねぇ? ひとつ屋根の下で一緒に暮らしているのにどうしてこう……、進展しないかね?」
「敷地は一緒ですが、同じ屋根の下では暮らしてません。私は離れにいますから。これはとても大事なとこです」
むきになって返答するスガワラ。カレンはそれがおかしくて声を押し殺して笑っている。
「まあラナに特定の男ができたと知れたら客が減っちまうかもしれないしねぇ? スガなんか夜道を1人で歩けなくなるだろうさ?」
カレンはそう言って、運ばれてきたお酒を一気に半分ほど流し込んだ。スガワラはその様子を見届けてからこの場を離れようと背を向けた。
「あっ……、ちょっとスガ、ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ?」
意表を突かれたスガワラは振り返り際に手にしていたお盆を落としそうになっていた。
「っとと……、私に聞きたいことですか?」
カレンはスガワラの姿に表情を緩めた後、続きを話し始めた。
「最近さ、パララちゃんのこと訪ねてきた男がいなかったかい?」
「パララさんを……、ですか? いいえ、心当たりありませんね」
スガワラは住み込みで働いているため、特別な予定があるときを除いて、お店の営業時間は常にここにいる。それゆえ彼が知らないのならラナンキュラスやブルードも知らない可能性が高かった。
「パララちゃんの所属してるギルド『トゥインクル』にさ、彼女を訪ねて来た男がいたみたいでね。小奇麗な衣装を着た若い男だったそうなんだけど……。その身なりと同じ特徴の男がうちんとこにも現れたって聞いたんだよ?」
トゥインクルとブレイヴ・ピラーに現れた謎の若い男は名を名乗らなかった。逆に剣士ギルドの門番が名を尋ねると無言で立ち去って行ったらしい。
スガワラは少し首を捻ってから当たり前の返答をした。
「パララさんのお知り合い……、ではないのですか?」
「それがさ、パララちゃんとこの前会ったときに聞いたんだけど『知らない』って言うんだよね? ちょっと動揺してる気もしたんだけどねぇ……、パララちゃんって普段からあれだからさ? わかんないわけよ?」
魔法使いパララ・サルーンは極度の対人恐怖症なのだ。友人として付き合っているカレンが話しかけても落ち着かない様子を見せる。それゆえ、動揺しているのか平常時の彼女なのかの区別が非常にむずかしいのだった。
「なんにもないといいんだけど……、パララちゃんって天性のトラブル体質だからねぇ、ちょっと心配でさ?」
カレンの言葉にスガワラは苦笑いを返すしかなかった。「天性のトラブル体質」……、パララを形容するにこれほどわかりやすい言葉はないと思ったからだ。
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