第32話 月下の妖精

「あんまり高額を要求すると衛兵団とこに駆け込まれる。金持ちが惜しまず出すギリギリの額と引き換えにするんだ」


「帰したガキ共がチクったりしませんかね?」


「友達を売って逃げた連中だぜ? 後ろめたさでなんにも話やしないさ」


「もうあと5歳くらい上だったら他の楽しみもあったのによ? ガキには興味ないんだよな?」



 私は、男たちがうちにいくら要求するのか、今後の処遇をどうするのかを相談しているのをずっと聞いていた。


 今、何時なのか? 家の家族はきっと心配しているだろう……。うちがお金持ちかどうかはよくわからない。逃げてしまった友達は無事に家に帰れたのだろうか?


 いろいろな考えが頭の中に次々に去来しては、答えを出せずに回り続けていた。男たちは時々私の表情を覗きに来る。

 捕まった当時はわからなかったけど、振り返ってみると、あいつらは友人に見放されて絶望した私の顔を見て楽しんでいたんだ。きっと同じことを何度もやってきたんだろう。



「おい? 誰かこっちに来るぞ?」



 男たちの1人が小さな声でそう言ったのが聞こえた。足音、それも複数近付いてくるのが私にもわかった。私の手を掴んでいた男の力がより力強くなり、痛みが走った。


 暗い道から現れたのは、闇に溶けそうな黒を基調にして装飾の施された服を着た男が2人。そして2人の間に、鎧を纏い仮面を被った人が立っていた。



「少女の顔が怯えています。あなた方のではなさそうですね?」



 仮面の人から発せられた声は、人の声とは思えない奇妙なものだった。「声」というより、単なる「音」に近いとさえ思えた。


 私の周囲の男たちが焦りの混ざった声でなにか話しているのが聞こえてくる。衛兵じゃない……、ブレイヴ・ピラー? 断片的に単語だけが耳に入ってきた。


「その少女を解放しなさい。子どもの前で剣を振るうつもりはありません。ですが、早くしないとその手が使いものにならなくなりますよ?」


 その言葉の後、不思議なことが起こった。


 いや……、魔法使いを志望していた私は、かすかに気配だけは感じていたのだけど。



 私を掴んでいた男の手が見る見る凍り付いていったのだ。


「なっ…なんだこれっ!? お前なにをしやがった!?」


 男が大声で叫んだ。しかし、次の瞬間には、周りの他の男も叫び声をあげ始めた。凍った男の手から解放された私が見たのは、手の指先から徐々に凍り付いていく男たちの姿だった。


「足が無事の間に立ち去りなさい。今なら手も失わずに済みますよ?」


 男たちはわけのわからないことを叫びながら夜道を駆け出していった。その背中を唖然として見送る私の肩に、金属製の籠手で保護された手が添えられた。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 この瞬間、私は自分が助けられたことをようやく理解した。極度に張りつめていた心は急激に緩み、大声で泣き叫んだ。安堵してようやく声が出せるようになったのだ。


「おやおや……、泣かれてしまいましたね? 私のがいけなかったのでしょうか?」


 私を救ってくれた人は、なにかを勘違いしたのか仮面を外して隣りにいた男の人に預けていた。


 が首を大きく振ると、輝くような緑の髪が美しい曲線を描いた。まるで夜道のここだけに月光が射し込んだように……。透き通るように白い肌、人形のように整った顔と長いまつ毛、私は妖精が舞い降りたのかと錯覚した。


 王国最強と名高い「不死鳥」、シャネイラ・ヘニクス様との出会いだった。

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