第31話 無垢なる冒険者たち

 私が初等学校の卒業を間近に控えた頃だ。


 仲良しの女友達グループで城下町の中心まで遊びに出かけた。数は私含めて4人、当時魔法使いを目指していたのは私だけ。他の3人は、騎士を志望していたり、商人だったりと様々だった。

 学校を卒業すると進路によっては、あまり会えなくなる。だから、あえて親同伴ではなく、子どもたちだけで思い出作りをしたかったのだ。


 まだとても「大人」とは言えない歳だったけれど、身体はずいぶんと大きくなって世の中のことを知ったつもりになっていた。

 普段は親と一緒でしか遠出はしなかったので、なにか冒険に出掛けたような気分でもあった。


 子どもたちだけで露店を巡ってお買い物を楽しんだ。緊張しながら、お店に入ってお昼ご飯を注文した。全部、では初めての経験、急に自分たちが大人の仲間入りをしたようで、気持ちがたかぶったのをよく覚えている。


 ただ今になって思えば、高揚した気分になっても自制をできるのがなんだろう。みんな目に映るもの、手にするものすべてが新鮮で楽しくて、予定していたよりもずっと遅い時間まで遊んでしまった。

 そして、冒険心に火が着いたのか、知らない道もどんどん進んで未知の世界を覗こうとした。


 結果、私たちは帰りの道に迷ってしまった。陽が傾き始めた頃は、みんな揃って「なんとかなる」と思っていた。だけど当たりが暗くなり、人通りも少なくなってくると徐々に口数も減っていった。


 疲れて言葉数が減っていたのはある。けど、それよりも心に募らせた不安を口に出すのをみんな恐れていたんだと思う。誰かが口にすると、それは堰を切って溢れ出すとわかっていたから……。



 子どもの私たちは無知ゆえに、治安の悪い区画へ入り込んでいたことすら気付いていなかった。


 若い男……、多分今の私と同じくらいの歳の男が突然声をかけてきたのだ。


「お嬢ちゃんたちこんな時間にどうした? ひょっとして迷子か?」


 私たちはみんなして口々に今の状況を男に伝えようとした。この男が救い手だとからだ。


 男は一旦、私たちを宥めた後にゆっくりと親身になって話を聞いてくれた。そのうちに彼の仲間の同年代と思われる男が何人か集まってきた。


「お嬢ちゃんたち……、オレらが駅まで案内したげるからさ? ちゃんとはできるんかな?」


 言い方はとても優しかった。けど、「お礼」の一言とその場の空気で私たちは、目の前の男が危ない人間だと悟った。


「わっ…私たち、お金はあんまり持ってません」


 友人の1人が震えるような声でそう言った。それを聞いた男の表情が一瞬だけ険しくなったのを私は見逃さなかった。

 幸い、男たちは私たちの背後にはまわり込んでいなかった。全速力で走ったら逃げられたかもしれない。だけど、一瞬だけ見えた男の表情が私の身体を恐怖で縛り付けていた。友人の誰も逃げ出さなかったから、きっとみんな同じ心境だったんだと思う。



「お嬢ちゃんたちさ、ちょっと教えてほしいんだけど……、この中で一番お金持ちなのはどの子の家かな?」


 男の妙な質問に、私たちは俯いていた顔を上げてそれぞれの顔を見合った。男は屈んでこちらに視線を合わせながら、笑顔でじっとこちらを見ている。


「……あっ…アトリアちゃんです」


 友人の1人が震えるような小声でそう言った。私は目を見開いてその子の顔を見たけど、すでに俯いて視線は地面へと向かっていた。


「アトリアちゃんかぁ? アトリアちゃんがどの子かお兄さんに教えてくれるかな?」


 男の言葉に私の友人たちは一斉に私の方を指差した。どの子の顔を見ても視線は真下を向いている。


 次の瞬間、私は周りにいた男の1人に右手首を掴まれていた。締め付けられた痛みがわずかに遅れて襲ってきた。



「お嬢ちゃんたち、ありがとぉ。アトリアちゃん以外は帰っていいよ。この道をずっと真っすぐ行ったら駅のある大通りに出られるからね?」


 数秒の間、私の友達はその場を動かなかった。だけど、1人が泣き叫びながら背を向けて走り出すと、残った2人も弾かれたようにその子を追って走り出した。


 そして、数人の男に囲まれて私だけがその場に残されたのだ……。

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