第24話 厄日

 老人は杖こそついているけれど、足腰はしっかりしているようだ。気を使ってゆっくり歩く必要もなさそうだ。それに社交的な人のようで、歩きながら私にいろいろと尋ねてくる。話すのはそれほど好きではないのだけれど、退屈しのぎにはいいかもしれない。



「お嬢さんはこの辺りの方ですかな?」


「……いいえ。近くに用があっただけです」


「手に持っているのはつるぎですかな? まさか剣士様であられるとは」


「……木剣です。稽古の帰りなんです」


「ほほう! ずいぶんとお若いようですが、学生であられますかな?」


「……はい」


「それはそれは……、将来は騎士様といったところでしょうかの?」


「……いいえ、魔法使いです」


「魔法使い!? すると、もしやセントラルの学生様では?」


「……ええ、まぁ」



 なんだかわからないけど、老人は質問ばかりしてくる。最初は無言よりはいいくらいに思っていたけど、こうまで多いとちょっと黙ってほしくなってくる。


 ああ、もう……、早く目的地に着かないかな?


 私の足が無意識に速くなっていたのか、急に老人の気配が遠のいた。振り返って見ると離れたところで彼は立ち止まっているのだ。

 ひょっとして疲れたの? 足取りはしっかりしていたけど、体力はまた別の話なのかな。


「……ええ、と……おじいさん、大丈夫? 疲れました?」


 私は来た道を少し戻って老人の元へ歩み寄ろうとした……けど、途中でその足を止めた。


 今来た道は、脇道1つない薄暗い路地の一本道、その前と後ろから人が近付いてくる気配がする。数は3……いや、4人。前に2人後ろに2人。


 老人は「ひぃ」と短い悲鳴を上げた。彼の後ろから2人の男がじりじりと距離を詰めてくる。そして、同じ気配を背中にも感じる。



「お嬢ちゃん、危ないぜェ? 夜にこんなところを1人で歩いてちゃよォ?」



 声が聞こえたのは背中から。


 まったく、なの?


 今日は朝から変なのによく絡まれる日なのね……、私、そういうの引き付ける体質なのかしら?



「お嬢さん、危ない! こいつらは盗賊ですじゃ!」


 そう叫んだ老人はこちらまで駆け寄ってきた。私に抱き着かんばかりの勢いでやってくる。私はそれをひらりと躱して、老人から少し距離をとった。


「……つまらない演技しないでくれる? おじいちゃんも仲間なんでしょう?」


「なっ…なにを……、わしは」

「……私の後ろの人、さっき『1人で』って言ったわよ? まさかあなたが視界に入ってないなんてことないでしょう?」



 この場に夜の静寂が戻ってきた。老人は私に看破されてなのか、演技をやめて一方の男たちと合流した。そして、先ほどまでより生き生きとした口調で、こちらに語りかけてくる。


「ほっほっほ……、お嬢さん。夜の1人歩きとはなんとも不用心ですなぁ?」


「……ええ、そうね。あなたに忠告されるとは思わなかったけど」



 私は布地の上から木剣の柄を握った。同時に呪文詠唱の準備も整える。盗賊かなにか知らないけれど、襲った相手が悪かったと後悔させてあげる。



「ちょっと金目のモノをもらえたら……、くらいに思ってたわけじゃよ? まぁ、若い女なら他の使い道もあるじゃろうがの」


 老人の話と同時に他の男どもの下品な笑い声が聞こえてくる。ああ……、本当になんて面倒で、それでいて不快なのかしら。さっさと半殺しにして寮に帰らないと。ウェズン寮長を怒らせるほうが、きっと目の前の盗賊より何倍も怖い。


「じゃが、お嬢さんがセントラルの学生と聞いて別にほしいモノができた。魔導書グリモワは入っとりませんかな? その鞄の中に?」


 私は肩から少し大きめの鞄をぶら下げている。単に剣術の稽古用の動きやすい服を入れているだけだ。残念ながら盗賊どもが期待する魔導書は入っていないのだけど……。


 バカ正直にそれを言って諦めてくれる連中にはとても見えない。それに、どうして魔導書なんかを欲しがるの?


 私が無言で考え事をしている間に、老人を除いた4人の男たちがじりじりと距離を詰めてきていた。道の前後を見渡せるよう、横向きに立った私はの男たちの得物を確認する。

 両方向からナイフと湾刀をそれぞれ手にした男が1ずつ、老人はどうやら戦闘要員ではないらしい。


 さて……、先に仕掛けるか、反撃に徹するか。まさかこんなところで稽古の延長があるとは思っていなかった。

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