第23話 剣術のお稽古

 夕刻、私は木剣を片手に外へ出掛けていた。夕日は燃えるようにして空をオレンジ色に染めている。

 ふとスピカの姿が脳裏を過った。そうか、彼女の髪色は夕日によく似ているんだ。



 セントラルの授業は明日からが本格始動だ。その時間に合わせて、私は剣術の指南を受けている。場所は、至って普通の剣士養成所。あえて言うなら、そこに通っている私が一番じゃない。

 なぜなら、周りにいるのは王国騎士団や剣士ギルド所属を志す、「剣士志望」の人ばかりだからだ。


 この時間帯はいつも30人くらいの人が私と同じく指南を受けている。基本の型から始まり、実戦を模した立ち合いを何度も重ねる。

 私はいつもこの養成所に最後まで残っている。理由は、短い時間だけど、ここを束ねる剣術の師範から直接指導を受けられるからだ。その前におこなっているどの稽古よりも、この短い時間が私の剣の腕を上達させてくれている。


 皆が帰った後、ほんの10数分だけど師範と1対1で立ち合い、己の剣の腕を確かめる。

 私はセントラルで魔法を極め、同時に剣術を極めるつもりでいる。目標に辿り着くには、それが必須だからだ。




 剣士養成所を出たときには、外は真っ暗だった。女子寮の門限には十分間に合う時間だけど、私は速足で石畳の道を進んだ。路面電車の駅までは広い道を通るより脇道を抜けた方が早く着く。ただでさえ、灯りの届きにくい道は時間帯も相まって真っ暗だった。


 暗がりを怖がるような性分ではないのだけれど、だからといって、ゆっくり歩きたいような道でもない。駅へと向かう最短距離を選んで私は進んでいく。



「そこのお嬢さん! ちょっとよろしいですかな!?」



 急に男の声がしてドキっとした。予期していないとさすがの私も少しは驚く。振り返ると、腰の曲がった老人が杖をついてこちらに歩み寄って来た。私は左右を見まわしたけれど、他に誰かいる気配もない。呼び止めたのは間違いなく私のようだけど、この老人にまったく見覚えがなかった。


「……ええ、と……私になにか?」


 老人は私の目の前まで来ると、2度ほど咳ばらいをしてから話し始めた。


「なにか急いでるようでしたな……、呼び止めてしまって申し訳ない。実はちょっと道に迷ってしまいまして……」


 そう言いながら老人は何度も頭を下げている。暗くなる時間に1人で出歩くから……、と私は心の中で呟いていた。


「『オデッセイ』という名の酒場を知りませんかな? 知人とそこで会う約束をしているんじゃが、どうもこの辺の土地には疎くてですな……」


 オデッセイ……、私は酒場なんかに興味ないけれど、剣士養成所の人がその店の名を話していたのを聞いた覚えがあった。おおよそだけど……、場所もわかる。

 私は養成所を出た時間を思い出し、その酒場へ行く道をイメージした。うん、今から寄り道して帰っても寮の門限には間に合いそうだ。万が一、遅れて帰ったりでもしたらあの寮長はちょっと危なそうだから……。


「……近くまでなら案内できる、と思いますけど?」


「そっ…それはありがたい! こんな時間にあれですが、この爺を案内してくれませんかな!?」


 老人は急に大きな声で返事をした後、ゴホゴホとむせはじめた。面倒だけど、この夜道に1人で歩かせるのは心配だし仕方ないかな。

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