第5章 アトリアの長い1日
第22話 期待値
あたしたちは模擬戦を終えた後、少し言葉を交わして解散しました。ベラトリクスさんは男子寮へ、ポラリスさんはお
部屋に戻ってから、あたしはすぐにローブを脱ぎました。外である程度叩いてはきましたが、それでもずいぶんと汚れてしまっていたからです。お手入れ用のブラシで丁寧に汚れをおとしていきます。すると、アトリアさんから声をかけられました。
「……さっきのは本気だった?」
さっき、とはシャウラさんとの模擬戦のことです。もちろんあたしは全力で挑んだので、そう返事をしました。
「……下級魔法の射程はどの属性でもおおよそ共通している。それは理解してるよね?」
標準魔法の射程は、等級によってある程度決まっています。魔力によって延長も可能ですが、それはより高度な技術を必要とするのです。
なかでも下級魔法はどの属性でも射程がほぼ一定なのと、詠唱時間が短くて済むため、魔法使い同士の戦いでは牽制によく使われます。
「はい! 最初はちょっと距離感を見誤ってしまいましたね!」
「……相手の狙いが甘かったから救われたけど、普通なら負けてるわよ?」
アトリアさんは無表情でさらに問い掛けてきます。きっとあたしに反省を促しているのですね。たしかに先ほどの戦いはシャウラさんの失敗に助けられました。あたしの修正箇所はたくさんありそうです。
「……私とベラトリクスが勝ったから、編入生に変な絡み方をする奴はいなくなると思うけど……、恥ずかしい戦いはしないでよ?」
「はい! 次はもっとうまく立ち回れるようがんばります!」
アトリアさんは軽く首を傾げた後、表情を変えずに自室へと入っていきました。きっとお疲れなんだと思います。ひょっとしたら今日も剣術のお稽古が控えているのかもしれませんね! お忙しい人です。
◆◆◆
私は自室のベッドに腰を下ろした後、スピカとシャウラの戦いを振り返っていた。
まずは、おそらく牽制のつもりで放たれたシャウラのアイシクルランス。狙いが外れたからよかったものの、スピカの回避は明らかに遅れていた。
そもそも彼女は動き出しが遅過ぎる。魔法の予兆にもっと早く気付いていればすんなり避けられたはず。
次にスピカの放った遠距離からのエアロカッター。シャウラは早い段階でその予兆に気付いて防御の姿勢に入っていた。だけど、それが射程外から来ると見抜いて攻撃態勢に切り替えた。
この辺りの動きから鑑みるとシャウラは、私が戦ったゼフィラやベラトリクスの戦ったサイサリーよりずっと実力は上なんだと思う。
一気に距離を詰めての中級魔法「グレイシャー」、選択は悪くないし、詠唱も早かった。唯一、「狙い」を除けばシャウラは魔法使いとしてかなりの腕前だと思える。
一方のスピカ……、詠唱速度や予兆への反応など決して低い水準ではない。ただ、それはあくまで一般的な魔法修練過程の学生の話。この
スピカの実力はあの程度なの?
私が変に期待をしていただけ?
もとよりどうして私はスピカの力に期待をしていたんだろう?
彼女の技量は特別ではないかもしれないけど、ここを落第するレベルでもない。きっと編入試験もギリギリ基準を突破したのだろう。私が勝手にスピカの能力を膨らませていただけみたい。
考えを改めよう。競争相手と捉えるレベルにはない子だと……。
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