第13話 魔導書(グリモワ)

 アトリアさんにボロクソに言われたベラトリクスさんは、あたしの左横にひとつ間を空けて座りました。

 「顔面偏差値」なんて言葉を堂々と使う人は初めて見ました。ちょっと失礼な気もしますが、高めの数値なら喜ぶべきなのでしょうか?


 あたしたちの座っている周囲は人がいません。後ろを振り返ると、ここから3列後ろくらいから疎らに席は埋まっていました。みんな遠慮しているのでしょうか? 学年主任のアフォガード先生の声とかこの辺じゃないと聞こえない気もしますけど……。


「あのぉ……、お隣りいいですか?」


 声が聞こえたので前に向き直ると、アトリアさんの前に女の子が立っていました。この子は昨日お会いした編入生のポラリスさんです!


「……別に許可なんていらないわ、好きに座ったら?」


 アトリアさんは右隣りに目配せをしました。ポラリスさんはとても嬉しそうにそこへ座ります。


「アトリアさんにスピカさん……、それにベラトリクスくんでしたね? 改めましてポラリスですぅ。魔技師志望なので一緒の授業は前期までと思いますが、よろしくお願いしますね?」


 ポラリスさんは席についてからペコペコと頭を下げています。なんだか小動物みたいでかわいらしいです。


 セントラルは、志望のコースによって3回生後期からカリキュラムが大きく変わります。ですが、前期の段階では共通の授業が多いのです。これは、昨日アフォガード先生の話で聞きました。


「編入生が集まりましたね! アルヘナさんも来るでしょうか?」


 あたしは彼の姿を探して首を右に左に振ってみました。


は多分、別んとこに座ってるんじゃないか? なんてたって『ネロス家』の御曹司様だからなぁ?」


 ベラトリクスさんがそう言いました。アトリアさんもポラリスさんも頷いていますが、あたしはよくわかりません。「ネロス家」とは、貴族かなにかでしょうか?


 あたしがそれを尋ねようとした時、アフォガード先生が教室に入ってきました。今日の共通講座もどうやらこの先生のようです。後ろの席の皆さんまで声が届くのでしょうか、心配になってきました。



「こほん……、おや? ちょうど編入生が前に集まっているな。ちょうどいい、まずは君らの魔導書グリモワを配らないとな」


 アフォガード先生から遅れて、助手と思われる男子学生が辞典のような本を数冊抱えて入ってきました。


「本校の魔導書には、所有者の名前が刻印される。卒業したら君らの物になるが、それまではあくまで学校からの『貸与』扱いになっている。取り扱いには注意したまえ」


 昨日同様に先生は、最前列のあたしがなんとか聞き取れるくらいの声量で話し始めました。そして、これまた小さな声で編入生1人ひとりの名前を呼んで魔導書を手渡していきます。

 アルヘナさんの名前が呼ばれた時、彼はいつの間にか教壇の前まで降りてきていて、書物を受け取ると後ろの方の席へと戻っていきました。



 辞典と見紛うような分厚さで、大小様々な文様で装飾の施された表紙。そこには、金色の文字で「スピカ・コン・トレイル」と刻まれていました。


 ずしりとくるこの本には、セントラルの歴史と魔法学の知識の重みが共に内包されているように感じられました。

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