第3章 正直者と厄介者

第11話 短期講師の依頼

 アレクシア王国の城下町の東、そこに3つの三角屋根がシンボルの巨大な教会を想わせる建物がある。魔法ギルド「知恵の結晶」の本部だ。


 魔法の力によって発展を遂げたこの国では、大小さまざまな魔法ギルドが乱立している。その中で特に大きな組織となっているのが2つ。

 1つは、最古の魔法ギルドと言われ、歴史と品格を併せ持つ「やどりき」。もう1つは新進気鋭で、勢力を急拡大している「知恵の結晶」だ。


 知恵の結晶のギルドマスターは、世界最大の貿易商と言われる「ナイトレイ家」の一族。

 彼は私財をなげうって魔法科学の研究器材を買い集め、若く優秀な魔法使いを高額な報酬で雇い入れた。さらに商人のコネクションを使って、アレクシア問わず、さまざまな国から仕事の依頼を引き受け、その知名度を広げていったのである。



 知恵の結晶は、セントラル魔法科学研究院とも深い関係にあり、セントラルは毎年、優秀な学生を推薦してここに送り込んでいた。

 昨年は、魔法使いを志望して首席卒業した学生、アレンビー・ラドクリフがここへと入団している。



「セントラルの短期講師……? 私がですか?」


 アレンビーは、ギルドマスターの部屋に呼び出されていた。


 本棚に囲まれた部屋、そこには隙間なく書籍が収めらている。さらには机の上にも、床にも大量の本が積み上げられており、なだれを起こしているところもあった。


 部屋の中はいつも紙とインクの臭いで充満しており、アレンビーはすぐにでもギルドマスターの背後にある窓を開け放ちたくなっていた。それもそのはずで、窓は閉め切られており、厚めのカーテンによって陽の光すらも遮られている。薄暗いこの部屋では、ギルドマスターの顔もまともに見えないくらいだ。


 表情すらはっきりしない人型の陰影からは、低く落ち着いた声だけが彼女の元へと届けられる。


「私たちは毎年、短期間の臨時講師をセントラルへ派遣しています。今年はそれに貴女あなたが適任かと思ったのですが、いかがでしょう?」


「うちの宣伝も兼ねて……、ですか? 自惚れじゃなく私、魔法闘技でけっこう名が通ってますから」


 暗い部屋の奥から小さな含み笑いが聞こえる。彼女の言ったことが的を射ていたからだろうか。アレンビーはその反応に対して、わずかに眉をひそめた。


「アレンビー、貴女あなたのそうした遠慮のないところは大変好感がもてます。こちらの意図を汲んでくれてとても助かります」


「まわりくどいのが嫌いなだけです。断る理由もありませんから引き受けますけど……、具体的になにをしたらよいのでしょう?」


「それは先方が教えてくれます。なぁに……、貴女あなたの魔法の技量をもってすればむずかしい依頼ではありませんよ?」


 アレンビーは少し不服そうな顔をしている。きっと自分が返事をする前から、この人選は決まっていたのだと思ったからだ。彼女からギルドマスターの顔色はまったくわからない。だが、逆は果たしてどうなのだろうか。



 アレンビーは部屋を出た後、肺の空気を総入れ換えするかのように大きく深呼吸をしていた。


「まったく……、部屋の空気くらい入れ換えなさいよね」


 廊下を少し歩いて、部屋を離れたところで悪態をつく彼女。その後、物思いに耽るように近くの窓から外を覗いていた。


『セントラルか……、まさか1年でまた引き戻されるなんてね』

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