第10話 ウェズン・アプリコット

 せっかくの熱々ベーコンエッグが冷めてしまったのは残念ですが、あたしとアトリアさんは無事に席に座って朝食をとることができました。

 ちょうどあたしたちの正面の席の人が朝食を食べ終えたので、ウェズンさんはそこに座っています。


「ごめんなさいね? 先生方や上級生に聞いてはいたのだけど、毎年編入生を除け者にしようする子たちがいるみたいなの」


 彼女はさっきまでの威圧感が消えた普通の笑顔で語りかけてきます。まるで天使のような微笑みなのですが、それが逆にギャップとなって、かすかに恐怖を感じてしまいます。


「……いいえ、こちらこそ助けていただいてありがとうございました」


 アトリアさんは、座ったままで軽く頭を下げました。あたしもそれに倣って頭をペコリと下げます。


「気にしないで? 私、風紀委員に入っているの。揉め事を治めるのも務めと思っているから。困ったことがあったらいつでも相談してね?」


 そう言って、ウェズンさんは席を立ちました。彼女の背中を目で追っていくと、人が避けて勝手に道ができていきます。なにかでも放出しているのでしょうか……。



「……あなたは、すぐに引き下がらないで?」


 隣りに座るアトリアさんがパンをかじりながら言いました。視線の先は、あたしではなくトレーの上の朝食でしたが……。


「……編入生に当たりの強い人がいるのは予想できていたわ。けど、下がったら負けよ? ずっと舐められるわよ?」


 あたしはどう返事をしていいのか迷いました。謝ったらいいのか、ですが、謝るようなことをしていない気がするので、わかりました、というべきなのか……?


「……あなたって不思議。編入試験を受かってるんだから、それなりの競争を勝ち抜いてきてるはずなんだけど……、闘争心というか、競い合う意識をまるで感じないわ?」


「競ったり争うのが必要なのはわかってるんです! けど、それは最終手段といいますか……、避けられるなら避けたいなーってあたしは思ってます!」


 これも先生センセが教えてくれたことです。争って解決するのは簡単で、そうじゃない方法はずっとずっとむずかしいって。

 だけど、簡単な方法ばかり選んだらいけないって教えられました。本当になりたいのなら、「力」を身に付けた上で争わない方法を模索しなさい、と。


 あたしは先生センセの話をすると止まらなくなります。ふと我に返って、うるさかったかも、と思いました。ですが、アトリアさんは興味深そうにあたしの顔を見ながら話を聞いてくれていました。


「……とてもいい先生ね」


 一言、それだけ言うとアトリアさんはまたパンをかじっていました。あたしはその一言の返事が、とても嬉しかったのです。

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