第3話 おかしな子

 セントラル魔法科学研究院は4年制の魔法学校。アレクシア王国の義務教育は16歳まで。そこから入学試験を受けて進学するのが一般的だ。ただ、それとは別に「編入制度」も設けてある。


 他の魔法教育機関で一定のカリキュラムを終えるか、魔法ギルドのマスターから直接推薦があった場合に限り、編入試験を受けることができる。――とはいえ、この試験の難易度は極めて高く、毎年編入してくる学生の数は片手で数えられるほどしかいなかった。



 編入生は、始業式に続いて行われる「編入式」にて、研究院へと迎えられる。今年は5名、いずれも3回生からの編入となる予定だ。



「編入生の皆さん、はじめまして。僕はシリウス・ファリド、研究院の4回生です。本日は、在学生の代表として編入式までご案内させていただきます」


 シリウスは式のある講堂の舞台袖に集められた編入生たちへ向かって一礼をした。鼻の頭あたりまで伸びた前髪が小さな弧を描いて、また元の位置に収まる。

 話し方からにじみ出る余裕、礼の所作、綺麗に整えられた金色の髪、そのすべてが彼の育ちの良さを物語っているようだった。



『4人……、あたしを除いてたったの4人しかいません。編入試験のときはあんなにたくさんの人がいたのに……』


 スピカは、まるでニワトリのように何度も首を右に左に向けてはここにいる人数を確認していた。


『5人しか選ばれなかったのです……、つまりこれはあれです。この5人は選ばれし人たち。もちろんあたしもその1人です。くふふ』


 彼女は緩みそうになる顔を軽く叩いて気を引き締めた。そして、左隣りに立つアトリアの顔を横目で窺う。澄ました表情で凛としているアトリア。そこからは一切の感情を読み取ることができない。




 入学案内にあった時刻よりずいぶんと早く集合場所の講堂近くへ到着したスピカとアトリア。せっかく2人きりなのだから、話をして仲良くなろうと思ったスピカはいろいろと話しかけていた。


「これから同級生ですね!?」


「……ええ」


「アトリアさんはどこから来られたんですか!?」


「……遠く」


「ち……、ちょっと早く来すぎてしまいましたね!?」


「……ええ」


「……きっ、今日はいい天気ですねー?」


「……そうね」


「……だっ、誰も来ませんねー、あははは」


「……」


 スピカは一度、アトリアから顔を背けて軽く息を吐き出した。そして腕組みをして思案する。


『どうしたのでしょう、アトリアさん? あたし、なんかおかしなこと言ったでしょうか?』


 スピカは黙っているのが苦手な性分だった。ゆえに誰が相手でも矢継ぎ早に話しかけてしまう。だが、対するアトリアの反応はあまりに薄い。


『わかりました! きっとアトリアさんは眠いのです! 集合時間よりずっと早い時間に到着しています。それに遠くから来たとも言っていましたから、間違いありません!』


 再び、アトリアと向き合ったスピカ。その顔はなぜか自信に満ち溢れている。


「ごめんなさい、アトリアさん! 眠かったんですね! それならどうぞ休んで下さい。あたしが邪魔なら立ち去ります! なんなら膝を貸してあげましょうか!?」


 まったく予想外の言葉が飛び出し、アトリアは今日初めて顔色を変えた……、困惑の表情へと。


「……私、眠くないわよ?」


 アトリアはそう言ったが、スピカの中で彼女は「眠い」ことになってしまったようだ。スピカはにこやかな表情を向けた後、アトリアから少しだけ離れた。「うるさくないよう……」という彼女なりの気遣いらしい。


 スピカは珍しいものでも見るかのようにうろうろと歩き回り、周囲を観察している。それを遠目で見るアトリアは、スピカが気付かないところでかすかに表情を緩ませていた。


「……おかしな子」

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