第1章 5人の編入生

第2話 スピカ・コン・トレイル

 夜空を想わせる深い黒、裏地には気品を感じさせるくろがね色、背中にはフクロウを模った紋章が描かれたローブ。

 魔法使いを志す者なら誰もがきっと羨むであろうセントラル魔法科学研究院の制服。それに袖を通し、あたしは今、城下町の大通りを歩いている。


 人通りはまだ少ない。それも当然で、時間は午前の7時を少しまわったところ。人々が活動を始めるにはまだ早い時間なのだ。


 家を出る際にお母ちゃんが言っていた。慣れない土地を歩くときは、道に迷う時間も計算に入れて行動すべし、と……。



 街そのものが今ようやく目覚めたようで、空気はとても澄んでいる。まるで、まだ誰も穢していない無垢な空気を独り占めしているような気分。


「くふふ……、今のあたし、心のなかですんごくカッコいい台詞言ったんじゃないでしょうか」


 思わず漏れてしまった独り言。すれ違いの男の人が聞いてしまったみたいです。なにか怪訝な眼差しを向けられたような気がしました。



 まだ数えるほどしか乗ったことのない路面電車で降りた駅は、「王立セントラル魔法科学研究院前」。「……前」となっているのに、その駅前にはなにもありませんでした。

 編入試験のとき、一度は通った道のはずなのに一向に目的地に着く気配がありません。


 やっぱりお母ちゃんの言うことは正しかった。あたしがこうして道を忘れるのも計算に入れて助言をくれたに違いありません。――けど、もうちょっと遅い時間にここへ着いていたら同じ制服を着た人がたくさんいたのでは……?



 あたしは来た道を振り返り、歩いてきた道のりを逆走しました。途中、お店の窓ガラスに映る自分の姿を見て立ち止まり、髪を簡単に整え直します。


 お母ちゃんは、あたしの髪を「夕日の輝きのようにキレイ」と言っていました。外跳ねの荒々しい髪形もお気に入り。女の子らしくない、と言われるけど、あんまり伸ばすと煩わしいので肩に触れる前には必ず切っています。


 セントラルの制服は――、まだあんまり似合っていない気がします。だけど、すぐに着こなせるようになるはず。



 あたしがガラスに映る自分に見入っていると、その後ろを同じ服装をした人が通り過ぎていきます。振り返ると、黒に近いくらいの濃い藍色の髪を揺らした女の子が歩いている。

 あれは――、編入試験のときにも見た女の子。つまりは、あたしと同じく試験に受かった人。すなわち、同級生っ!



「おっ、おはようございますっ!!」



 遠ざかる背中に向かって大声で挨拶をしてみました。これからきっと同級生になる子。ここでお近づきになれれば円滑な学校生活を送る第一歩になるはず。そして、共に歩いて行けば迷わずセントラルへ辿り着ける……、くふふ。


「……あれ?」


 大声で話しかけたのに、相手の女の子は振り返りもせずどんどん遠ざかって行きます。あたしの声が届かなかったのかな? いや、村で二言目には「うるさい」と言われ続けたあたしの声が届いていないとかありえません。


 しかし、女の子はさらに遠ざかって行きます。ここで見失ったら、またセントラルへの道を探さなければなりません。あたしは走って、振り返らない女の子を追い抜かし、まわり込んで再び話しかけました。



「さっ、さっきは後ろから失礼しましたっ! 改めておはようございます!!」



 あたしの大声に反比例するような静寂が流れました。目の前の女の子は立ち止まり、無表情であたしの顔を見つめています。


「あたしは今日からセントラル魔法科学研究院に通うスピカ・コン・トレイルです! よろしくお願いします!」


 涼やかな風が流れ、そしてまた静寂。女の子の表情は変わらない。彼女はあたしに向かって歩き始め、そのまま左隣りを通り過ぎようとした……、その時。



「……編入試験でも会ったね、私はアトリア。よろしく」



 とても大人っぽく、それでいて落ち着いた声。


 アトリアさんはすれ違いざまにそう言うとそのまま歩いて行った。あたしはなぜかその姿をぼんやりと見つめてしまいました。すると、彼女は立ち止まり、ゆっくりとした所作でこちらを振り返ると再び口を開きました。


「……どうしたの? 学校へ行くんでしょ? こっちだよ?」

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