私はただの令嬢ですが?

アイララ

第1話

「マローメ! やっぱり……」


王都にある貴族学校へ転入した私の挨拶は、途中で邪魔された。

生徒達の、驚愕と恐れの声で。


「……何がやっぱりですか?」

「……いえ、何でもありません」


私の挨拶を邪魔してまで、何を確認したいのだろう?

名前がマローメなのが、余程、珍しいのかしら?


「今は挨拶の途中です。私語は謹んで下さい」

「いえ、構いません。自己紹介はもう終わりましたから」

「そうか? ……なら、席の案内に移るとするか」


気にはなるが、ワザワザ問い詰めるのも礼儀に反する。

第一、私は今日、この学校に来たばかりだ。

彼はきっと、別の誰かと勘違いしてるのだろう。

それならすぐ、別の人だと分かってくれる筈。

こちらから事を荒立てる必要もないし、今は大人しくしておこう。


席に座り、これから行う授業の説明を聞く。

その間も、何人かの生徒がチラチラと見てきた。

……初対面なのに、どうして気になるのかしら?

疑問に思いながらも、淑女らしく無視する事にした。


何日かすれば、きっと収まるだろう。

その望みが、いとも容易く裏切られると知らずに。


そもそも、私は王都の貴族でない。

バルデリ辺境伯、つまり国境沿いにいる貴族の娘だ。

辺境の治安を維持する、国防の要と言われる家。

その娘として、近くの貴族学校で育てられてきた。


前の貴族学校での生活は、ずっと過ごしやすかった。

出席している子息令嬢は顔見知り、友達として過ごしてきた。

学校が潰れ、離れる時も、再び揃ってお茶会をしようなんて約束する位。

……あのまま、父の提案を聞いておけば良かったのかな。


「マローメ、後一ヶ月で学校にいられなくなる。よって、別の学校に転入するか、家庭教師を付けるか選んでもらう」

「そんな……どうしてです?」

「人が足りず、運営の為の費用が賄えないのだ。遠方から呼ぶ教師の費用も嵩む。それなら潰して、他の学校と合併する方がいいだろう」

「残念ですが……仕方ありませんね」


居心地の良かった場所が無くなるのは残念に思う。

けど、そこで無理を言っても仕方がない。

別にそれで人生が終わる訳ではなく、別の道を歩むだけだ。


「それに、悪い事ばかりではないぞ。政府が、途中まで払った学費が無駄にならない様にしてくれるそうだ。転入する学校の学費を無償にしてな」

「では、私はそちらに?」

「そうしたい所だが、ちと遠くてな。寮で生活する事になる。不慣れな土地で大変だろうから、家庭教師も考えたのだが……」

「構いません。私、転入します」


そうして私は、アンデオル貴族学校に転入した。

国境沿いから王都まで移動してまで。

個室ではあるが、知らない学生の寮に住む覚悟を決め。

なのに、迎えた初日は失望に終わる。

これでは、前の学校の様に友達を作る、なんて出来ませんわね。


授業が終わり、次の授業までの僅かな休憩。

先生がいなくなってから、私に向ける目線は更に厳しくなった。

それどころか、ヒソヒソと噂話まで。


「……間違いないわよね? マローメと言ってたし」

「上だけだろ? 最後まで聞けてないし、何とも言えないよ」


「よくも堂々と、私達の学校に入れたわね。教師は何をしてるのかしら」

「やめてよ、まだ決まってないし」


あきらかに私が別のマローメだと決めつける人。

疑いはしても、近付いて確かめようとしない人。

ただの勘違いだと話し、自分を納得させてる人。

ほんの少しの間に、様々な話が飛び交った。


……そして、話の中に気になる所があった。


「やっぱり本物よね? あんなに美人だし」

「だよね、でないと、あんな事はしないし」


私が、美人?

確かに王都の人達とは、少しばかり顔立ちが違うと思う。

けれど、それだけで美人とは言えない筈。

前の学校でも、精々、中くらいだし。


恐らくだけど、そのマローメという人は、美貌で何かしでかしたのだろう。

男を誘惑したとか、婚約者に不倫を誘ったとか、そんな感じの。

そんな人と間違われるなんて、不幸なのか何なのか。

美人と言われて気分が悪くなるなんて、初めて知ったわ。


この最悪な印象で始まった転入の日は、何とか無事に過ごせれた。

挨拶を除いて、一度も口を開かないお陰で。

……こんな事なら、家庭教師を雇えば良かったわ。


それからの彼女は、学校生活を無言で過ごした。

挨拶や、最低限の会話だけで済ませ、深く立ち入らない様に。

一ヶ月後、彼女はそれでも寂しさを感じたまま。

少しでいいから忘れようと、休日を使って里帰りする事にした。


「……勘違いで無視を一ヶ月? 最悪だなぁ」

「それ、虐めだよ。先生に報告した方がいいわよ」


そう話すのは、家に招いた元・同級生。

離れ離れになった友達に会おうと、家に呼んでおいた。

皆でお茶会を楽しめば、少しは気が楽になると思うから。

……こうして本音で話せるの、随分と久し振りね。


「辺境伯の令嬢ともあろう人が、その程度で弱音を? お断りですわ」

「そう言わないの。話してみたら案外、すぐに解決するかもよ?」

「気持ちは分かるぜ。まっ、気が向いたらで大丈夫だよ」

「気が向いたら……考えておきますわ。それより、このお菓子は誰も食べないのです?」

「あっ、なら俺が」「ちょっとぉ~」


毎日の授業はいつまでも終わらない。

なのに、お茶会の時間はあっという間。

友達と、何の気兼ねなく話せる時間はそう来ない。

……また、明日から学校と考えると。


気分が堕ちても学校は続く。

立派な淑女となる為の教育は、何があろうと学ばねば。

父上は学校にいる間、婚約者を探しておけとも言ってたけどね。

この感じでは、婚約者どころか友達すら不可能よ。


そうして半年、漸く一人の学校生活にもなれた頃。

私の今後を大きく変える事件が起こった。

外国の学校へ一時、出国していた王子が戻って来たから。

ジレット王子、私と名前だけ同じ人が迷惑を掛けた王子が。


ジレット王子が帰国する数日前、私はランジュという令嬢に呼び出されていた。

学校のサロンに招待され、紅茶を囲いながら。


「どうぞ。アンタなんかに紅茶は勿体ないけど、マナーだもの」

「それはどうも。……どうして私を?」

「惚けてるの? まぁ、今まで大人しいフリをしてたものね。教えてあげる。邪魔だからよ」

「邪魔って……私、何もしてないけど」

「何も? ……そこまで言うなら、今後もしないで。ジレット王子は私と婚約を結ぶの。いい?」

「話はそれだけ? 私は構わないけど……」

「良かった。でも、アナタの事だから、後で裏切るかもしれないわよね? だから、いい話も持って来たの」

「……はぁ」

「協力すれば、貴女の家に援助するわ。幾ら辺境伯でも、国防だけでは生活してないでしょ? 政治や商売は、侯爵家の私に頼るの。いい?」


あくまで私の方から、はいと言わせたいらしい。

けれど、この話は私にとっても好都合だった。

ここへ転入したのは婚約者を探す為なのに、誰一人として声を掛けられていない。

なら、代わりに侯爵家と繋がりを持てれば、お土産代わりにはなる筈。


「構わないわ。私、王子には興味ないの」

「嘘仰い。……それが本音である事を祈るわ」


その後は他愛もない話で、お茶を濁して終わる。

……厄介な事にはなったけど、結局は王子様と会わなければいいだけ。

そうすれば、いつもの日常に戻るわ。


その日常は、ジレット王子が帰国する日までしか続かなかった。


「君は……マローメなのかい?」


彼の帰国を称える会が終わり昼休み。

なぜか、彼の方から話し掛けて来た。

……困るわ、アナタと話すだけで怒られるのに。


「えぇ、マローメです。では……」

「待ってくれ」


呼び止める彼を無視し、私は教室を出た。

困るわね、今まで昼休みは椅子でジッとしてれば済んだのに。

もし、彼と会話して怒られたら、学校にいられなくなるし。

……まぁ、暫く無視すれば、向こうから離れていくわ。


その考えが甘いと思い知らされるのは、数日後の事であった。


「マローメ、話がある」


いつもの放課後、彼から離れる様に帰る私を引き留めてきた。

腕をしっかり掴まれ、振り解こうにも力が足りない。

……ワザとではないし、恨まないでよね。


「……何でしょうか。私、忙しいので」

「すぐに済む。こちらに来てくれ」


連れて行かれた場所は、学校のサロン。

中にいた人を出してまで、二人きりになりたい様子。

……コレ、後で彼女に問い詰められるでしょうね。


ソファに並んで座り、彼がしっかり私を見てる。

当然、意識せざるを得ないけど……恥ずかしいわね。

今まで見てきた中で、一番の色男が隣に座ってる。

そう考えると、顔が赤くなる気がした。


銀の流れる様な髪の中、純真な青い瞳に見つめられる。

色っぽい唇は、けれど固く閉じられたまま。

どうしても私から、話させたいみたいね。


「……先程も言いましたが、私はマローメ、バルデリ辺境伯の娘です。それが何か?」

「辺境伯……おまけに姓も違うな。ならどうして、ここに転入した?」

「前に通っていた学校が、運営費用を賄えなくて潰れましたの。それだけです」

「なら……本当に、勘違いという訳か」


何があったのか知らないが、誤解は解けたみたい。

なら、後はここに長居する必要もないわね。


「分かってくれた様で助かります。後は、用事がなければこれで……」

「どうして、違うと言わなかった?」

「……面倒だからですわ。それに、淑女がみだりに騒ぐなど、父の教えに反します」

「だからって、名前を言うだけで解ける誤解を放置するなんて……お茶、飲んでいかない?」

「……お茶?」


突然、何を言い出したかと思えば、すぐに紅茶を注ぐ準備をし始めた。

どうやら、彼は何としてでも、もう少しだけ話をするみたい。

あまり長居したら、彼を狙ってる令嬢に怒られそうだけど……。

まぁ今更、手遅れだし、もう少し居ても変わらないわよね。


「……話したいなら、そう言って下さればよいのに」

「すまない。でも、どうしても気になって。アイツだと誤解されても我慢したまま、なんて令嬢がどんな人か気になって」

「ただの辺境伯の令嬢ですわ。それに、話せるとしても地元の話位ですけど」

「いいよ、僕が聞きたいだけだから」


そうして私は、ここへ来るまでを話し始めた。

家族の話、前の学校の話、そして、ジレット王子と出会うまでの話を。

全て聞き終わった時、漸く彼はホッとした顔を見せた。


「名前を変えたか、もしくは別の家に移り込んだと思ったけど……本当に違うんだね」

「……まだ疑っていたのですか?」

「ごめんごめん、どうしても気になって。……ありがと、聞けて良かった」

「そうですか。なら……もう二度と、話し掛けて来ないで下さい」


そうして、私はサロンを後にした。


午後の授業から、周りの雰囲気は最悪になった。

前は挨拶を返す程度には会話もあったが、それすらもない。

完全な無視を決めこまれ、周りから誰もが離れていった。

……でも、今更、誤解を解くには遅すぎるわよね。


もしかしたら、今からでも遅くないのかもしれない。

教室の皆に事情を話せば、向き合って貰えるかも。

そう考えもしたけど、結局、黙っている事にした。

どうせ今までも無視されてたのは変わりないし。


こうして、私の新しく寂しい日々が始まっていった。


「なぁ、本当にジレット王子を誑かしたのか? サロンへは彼から連れて行ったのだろ?」

「確かに見たけど……でも、今から聞きに行く? それでマローメから恨まれたらどうするのよ」


「姓が違うから別人だとも思ったけど……しっかり王子様を捉まえてるなんて。本物よね?」

「あんな令嬢、関わりたくもないわ。さっ、行きましょ」


聞こえてないと思っているのか、それともワザとなのか。

たまに、私を揶揄したり、恐れたりする話が聞こえた。

面と向かって言ったり、対立はしなかったけど……。

それでも、前よりも雰囲気は最悪になっていった。


虐め、でないけれど、確実に嫌われてる。

そう思わされるには十分過ぎた。

辺境伯の令嬢という立場が故に、表立って歯向かわなかったが。

……こんな形で名家の有難さに気付けるなんて、皮肉よね。


そして更に最悪なのは、一人だけ、私に関わる者がいる事。

本人としては、私を助けるつもりでいるのだけど。


「おはよう、マローメ。今度、僕の家でお茶会をする事にしたのだけど、君もどう?」

「お断りしますわ、王子様」

「ジレットでいいよ。ここにいる間は、ただの同級生だから」


あの日、彼が私をサロンに連れてから、なぜか距離を縮めてきた。

それこそ一部の令嬢は嫉妬し、私を目の敵にする程。

表立って敵対すれば彼や先生に見つかるので、直接は虐められてはない。

けれど、段々と悪口や陰口を言われたりしてきた。


それでも、不思議と嫌がらせは来なかった。


正確に言えば、一度だけ嫌がらせを受けた事はある。

私を呼び出し、近付くなと言ってきたランジュとは違う令嬢が。

机の上に阿婆擦れだと、悪口を書いていた……らしい。

後から報告されただけだから、実際に何を書いていたかは分からないけど。


その令嬢にとって最悪なのは、見つけたのがジレット王子という事だ。

放課後、何かを企む目線で私の机を見ていたから気付いたらしい。

当然、彼女は退学になり、それが最後の嫌がらせになった。


こうして私の学校生活は、不穏ながらも平和に過ごしてる。


「……なんか、凄い事になって来たな」

「良くは無いと思うけど……王子様が助けてくれるなら、悪くも無いと思うわ。第一、お父様から、学校で婚約者を探せと言われてるでしょ?」

「そうだけど……相手が相手よ。私なんかが簡単に決めれる訳ないでしょ?」

「だよなぁ……」


久し振りの里帰り、私は友人へ相談する事にした。

楽しいお茶会のお話しには向かないけど、それでも話したかった。

どうすれば彼との関係を解消させられ、そして無事に過ごせるかを。


「第一、王子様は私を気遣ってるだけよ。婚約なんて無理に決まってるわ」

「だから離れたいと? 嫌がらせを止められる力を持ってるのは、あの人だけよ」

「ここは穏便に……今からでも説明すれば、クラスの人も聞いて貰えるかもしれないぜ?」

「それは私も考えたのだけど……厄介な人がいるのよ。侯爵家の令嬢で」


王子を狙い、邪魔をするなと言ってきたランジュが。

今はまだ、王子が近くにいるから手は出してない。

けど、もし王子と穏便に離れられて、生徒の誤解が解けたとしても、彼女だけは納得しないだろう。


「彼女、前から何度か王子にアピールして……全て失敗しているの。それが私のせいだと」

「勘違いも甚だしいわね……」

「そう思うけど、話しても絶対に納得しないわ。むしろ怒りそう」

「……俺も一緒の学校に転校しとけばなぁ」

「気持ちだけで十分よ。……折角、王子と婚約できる機会を私が奪ったなんて。離れたら真っ先に襲ってくるわ」

「王子に? 君に?」

「両方よ。もし、それで家にまで圧力を掛けてきたらと思うと……」


彼女は協力するなら、家に援助をすると持ち掛けた。

それ程の実力もあるし、嘘やハッタリでないだろう。

ならば、逆に家へ嫌がらせをする可能性もある。

学校内の話なら、私だけで何とかするつもり。

けど、それで家族に迷惑を掛けるのは……。


「……いっそ私達の所に転校する? もしくは家庭教師を呼ぶとか」

「貴族としての教養や作法を学ぶなら、俺達の所でいいだろ? アリだと思うぜ」

「……確かに! その程度なら、ギリギリ父も許すと思うわ!」

「説得する時は、私達から誘われたと言いなさいよ。淑女は騒ぎ立てないと煩い父も、納得してくれるわ」


こうして私は、友達の所へ転校する事に決めた。

幾らジレット王子や有力貴族がいても、婚約が出来ないなら居る意味がないしね。

友達とのお茶会が終わった後、父へすぐに相談する。

多少は反対されたけど、何とか説得も出来てホッとする。


……これがランジュを怒らせると、今の私は夢にも思わなかった。


里帰りした数日後の放課後、私はジレット王子をサロンに誘った。

あまり関係を持ちたくなかったが、別れるなら問題ないだろう。

それに、学校での生活が平穏に過ごせたのも、彼のお陰。


「珍しいね。いつもは誘っても来なかったのに」

「話したい事がありまして。それとお礼を」

「お礼? そんな、僕は何も出来てないよ」

「隣に居てくれたお陰で、私は平穏な生活を送れましたわ。貴方はそう思ってないかもしれませんが」

「……そうか。でも、大変だったろうに」


サロンに用意してあるお茶を注ぎ、二人で他愛もない話を楽しんだ。

学校で無視されていた事、厄介な令嬢に睨まれている事、他にも色々と。

これで最後だからと、全て語り示した。

それを隣で、ただジッと聞いてくれた。


「……まぁ、それも全て終わりですわ。もうすぐ、転校しますから」

「……すまない。先生に報告して改善しようとしたが、仲が悪いだけだと取り入って貰えなくて」

「王子といえど、学校では同級生でしかない。無闇に強権を振るえない事はご存じですから。気にしてませんわ」

「そう言ってくれる君が、どうして転校しなければと思うよ」

「過ぎた話ですわ。……そうそう、一つ聞きたい事が御座いましたわ。どうして皆、私を無視するのです?」

「あれ? その話は前に」

「前は、マローメと同じ名を持つ別人だと確認しただけ。その人が何をしたかは聞いておりません」

「そっか。なら、話しておかないとな……」


半年前、私と同じ名を持つ令嬢がここに来た。

彼女は持ち前の美貌でジレット王子の兄や、公爵の子息を誑かしたという。

挙句、同じ男を狙おうとする者は、自前の権力で貶め、破滅させたとか。

だからこそ、ジレット王子は一時、学校を離れ外国に留学した。


「同じ事が起きない様に、学校は対策をした。権力を自分の為に使わせまいと徹底してね。君が困ってる時位、王子としての立場を使いたかったと思ったけど……」

「お気になさらず。もう大丈夫ですわ。後は転校するだけですので」

「その事で一つ、頼みがある。僕も……一緒に転校したい」

「突然、どうしたのです? 貴方がそうする意味などありませんのに」

「君を何とか生徒の仲に入らせようとしたのに、連中は結局、無視したまま。そんなクラスに長居するつもりはない」

「……お好きにすれば?」


お茶を片付け、その言葉を最後にサロンを出た。

王子が一緒に転校、きっとランジュは怒るけど……断る理由もないしね。

そうして寮に帰ろうと、階段を降り始めた時。


「裏切ったわね」


どす黒い、恨みのこもった声を掛けられた。


「何の話です?」

「惚けないで、アンタが王子を誑かしたでしょ?」

「聞いていたのね。……でも、私がマローメという同名の令嬢とは違うって聞いてたでしょ?」

「関係ないわ。王子を狙ってる事には変わりないもの。言ったでしょ? 私の邪魔をするなと」

「してないわよ。勝手に強引な告白して失敗しただけでしょ? 私の責任ではないわ」

「ふざけないでよ! ……いい? これから痛い目に遭いたくないなら、王子に転校するなと伝えなさい」

「一人でやりなさいよ。王子から煙たがれる程、告白して来たでしょ? その位、簡単じゃない」

「……この、雌犬!」


突き飛ばされた瞬間、もう少し穏便に言えばと思った。

迫り来る階段、腕で守ろうとして激痛が走る。

折れる感触で頭が真っ白になりながら、誰かに掴まれた気がした。


「大丈夫か!?」


倒れ込んだまま声の方へ向くと、ジレット王子の顔が見えた。

叫ぶランジュ、駆け付ける先生の声、そして抱き締める彼の感触を最後に……私は気を失った。


それから一週間後、病院にいる私の元へ、同級生が見舞いに来ていた。


「……嫉妬で衝動的に突き落とすとはな。助けに来た王子にも蹴りを入れたんだろ? 全く、何を考えてるんだか」

「それで、彼女はどうなったの? 退学だけじゃ済まないわよね、骨折させたし」

「修道院に送られるらしいわ。親子の縁も切るって」

「それだけか? 平民になるだけだろ?」

「あのね、貴方みたいにどこでも生活できる人とは違うの。散々、贅沢暮らしなのが文無しよ。十分、キツイ罰だわ」

「でも、蹴ったのは王族に対する反逆だぜ? 見合わないと思うがな」

「そこらは後。まずは怪我した私の賠償からだって」

「なら、これからが楽しみという事か」


そんな話をしてる中、病院を駆ける足音が聞こえてきた。

院内で走るなと怒られそうだけど……知らなかった事にしておこう。


「マローメ、大丈夫か!?」

「無事です、骨折だけで済みましたから。それより、あまり騒ぐと他の患者さんに迷惑ですよ」

「あっ、ごめん……」

「学校で友達がいないと言ってたのに……ちゃっかりしてるな」

「そう言わないの。これから同級生になるのだし」


ジレット王子はその後、正式に転校が決まった。

どうしても私と婚約したいから、側にいたいと思ってらしい。

正直、彼と結婚する未来なんて考えてないから、どうしようかと悩みはした。

けど、あの学校で一人、私の側にいたのは確かだし。


「これから長い付き合いになると思うけど、宜しくお願いしますね、王子」

「だから、ジレットでいいよ。……こちらこそ、宜しく」

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私はただの令嬢ですが? アイララ @AIRARASNOW

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