第211話 講演

「えっ、ヤングファントムに講演依頼?」

「ええ、中学生ヒーローとして、みんなの模範になってほしいみたいなの」


 弥衣やえから言われて俺は思案した。


「視聴者のみんなはどう思う?」


【気取った言葉は要らないから思いの丈をぶちまけるんだ】

【そんなの大問題になるぞ】

【でもそれが面白い】

【ドラマだから】

【ヤングファントムの火災現場とビル倒壊現場の活躍はテレビでやってた】

【あれは影武者だよ】

【まあ、何でも良いが、講演会は絶対にやれ】


「よし、講演するぞ。テーマは悪と善だ」


【難しそうなテーマだな】

【ちょっと期待】


 講演の日になった。

 ある中学の体育館の舞台に上がる。


 俺が登場すると拍手が巻き起こった。


「あー、てすてす、マイク正常。今回は悪と善について話そう」


 マイクテストでは笑いが取れたようだ。

 変か。

 普通だと思うんだがな。

 朝礼とかたまにマイクのスイッチが切ってあることがある。

 気がつかないのは間抜けだろう。

 何分も話してからやっと気づく先生を見たことあるぞ。


【マイクテストするなよ】

【呼んだ人は早くも後悔してるはず】

【いいんじゃね。掴みとしてはまあまあだ】


「善と悪については宗教家、哲学者、色々な人が話している。だが俺は良心に背いてないのが善で、背向いているのが悪だと思う。火災現場を見た時に俺は思った。ここで立ち去るのは良心的にどうなんだと。火を消す能力があるのにだ。だから火を消したし、ビルの倒壊現場では人を助けた」


【滑り出しは普通。面白くない】

【まあ聞いてようぜ】

【最後に笑いを取ってくれ】


「出来ないことで立ち去るのは正しい。だが精一杯考えるんだ。ひとが溺れているとする。泳ぎが達者ではないのに飛び込むのは良くない。だから良心に精一杯やったというために考えるんだ。ひとが溺れていたら、浮き輪代わりになる物を投げても良いし、人を呼んでも良い。ロープを探しても良い」


【まともなことを言っている】

【おっさんは変な物でも食ったか】


「できることをやる。これすなわち善。あえっ、弥衣やえに書いてもらった原稿を消しちまった」


【腕に装着してるスマホに原稿があったんだな】

【俺は気づいてたぞ】

【さぁ、おっさんどうする?】


「男なら出来ることを広げるんだ。モンスターを殴って殴って殴りまくる。そうすると出来ることが増える」


【底辺おっさんの配信ではそうなっているな】

【ヤングファントムの設定がメタメタだな】

【さあ、ここからどうする?】

【思いの丈をぶつけるんだ】


「自分の中の悪を殴ることで消していくんだ。良い馬鹿になれ。そうすればみんなが助けてくれる。できることも増える。これで終わる」


【中学生の頭の中がはてなで一杯だ】

【これこそおっさん】


「ヤングファントム君でした。拍手を」


 司会が拍手を求めると、拍手が湧き起こる。


【おっさんらしくて良いぞ】

【感動はしないがな】

【殴れば解決する。チンピラだな】

【底辺おっさんは悪だから】

【ヤエちゃんの原稿通りにはいかないのが、おっさんクオリティ】


「ふぃ、上出来だと思う」


【どこがだ】

【まあ、らしかったよ】

【あの原稿を消した部分は面白かった】

【おっさんの人柄は伝わったんじゃね】


「ビール飲みたい」


【飲めよ。中身は中年だろ】

【ここからは悪のおっさんだな】

【中学生で飲酒。悪というしかない】

【だも中年なら良心は痛まない。善ということだな】


 俺はコンビニに入り、ビールをカウンターに置いた。


「未成年ですよね。売れません」

「えっと」


【殴って解決だ】

【それじゃ強盗だろう】

【札束で殴れ。それなら合法だ】


「お父さんに頼まれたんだ」

「お売りできません」

「じゃあこれで」


 冒険者カードを出した。


「ええと顔写真が違いますよね。似てるけどお父さんね。駄目よ。親の身分証を持ちだしたら」


【どうする。諦めるのか?】

【ビールの口になっているんだよな。飲みたいってなったら飲みたいのは分かる】


 俺は電話を掛けた。


「モチ、召喚」


【それだけで来るのか】

【おい、すぐに来たぞ】

【おっさんはサモナーだったのか】


「来ましたにゃ」

「このお姉さんに身分証を見せてやれ」

「はいですにゃ」


 モチは運転免許証を出した。


「仕方ないですね。次はお父さんを連れてきて下さい」


【ケットシーの年齢は分からないよな】

【運転免許証を見れば年齢は分かる】

【さぁ、酒盛りだ】


「ぷはぁ、のど越しが堪らん」


 労働の後の一杯は美味い。

 講演は喉が渇いたよ。

 次の講演はもっと上手くやる。

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