第102話 公開討論会

「公開討論会の始まり。人間は生きているだけで悪がどうかという」


【そういう宗教はあるな】

【難しい問題だ。哲学の要素を含むかも知れん】

【とにかく謝罪しろ。人間は素晴らしいのだ】


「人間に素晴らしさがあるのは認めよう。美しい心を持った人もいる。しかしだ、物を消費して自然を汚しているのは否定できない」


【それを自覚したら生きていけないのでは】

【俺は気にしたことはないな。言われてもふーんで終り】

【おっさんは、宗教家にでもなるつもりか?】


「宗教を起こすつもりはさらさらない。だが、俺以外の悪には我慢できない」


【それで、他の悪を叩いて回ろうと】

【なんというか。滅茶苦茶だな】

【だが、おっさんらしい】

【100歩譲って、人間は悪だとしよう。おっさん自身は何で赦されると思うんだ】


「赦されないと思っている。だが背負っているから良いんだ」


【ほう、背負っていれば赦されると】

【まあ、物を大事にする心は必要だよな】

【おっさんだけが赦されるなんてことはない】



「赦されないと言っているじゃないか。背負うんだよ。うちのゴミは全てグラトニーに食わせている。この消滅行為も俺は悪だと思っている。物を殺す行為だから。だから消したゴミの事を覚える」


【ゴミを覚えているのか。ほんとうだな。じゃあ一週間前に出したゴミを言ってみろ】


「忘れた」


【えっ、それが通るのかよ】

【おっさんだからな】


「通ると思っている。忘れたようでも記憶に残っていることはある。ひょんな拍子に思い出す。完全に忘れたわけじゃない」


【ボロが出てきたな】

【苦しくなってきた】


「うるさい。俺は良いんだよ。精一杯生きているんだから。赦されるんだ」


【その割には許可とったり法律には気を使っているな】

【それしないとただのチンピラだろう】


「人の物になにかする時は声ぐらい掛けるだろう。悪党とはいえ人間だ。それが人間というものだ」


【無言で人の物に何かする奴はたしかに人間じゃないな】

【お前、極論だぞ】

【ルールを守らない奴はいなくなれば良いと思っている】


「俺がルールだ。だから俺はルールを守っている」


【ジャイアニズムの極みだな】

【俺のルールではおっさんが赦せない】


「じゃあ、お前のルールに従えよ。だがやった悪は背負うんだぞ」


【普通なら逮捕されるような犯罪はできないわな】

【みんながみんな、自分のルールに従って生きている。これで終り?】

【それが悪というのか】

【まあね。自分のルールは他人から見たらルール違反もあるわけだし】

【俺は人に気を使って妥協して生きている。だから善なのか】

【普通の人はみなそう】

【おっさんは好き勝手やっているな。だから悪か】


「ようやく俺のことが分かったようだ」


【おっさんが悪だとして、全人類が悪というのは違う】

【だが野生動物からみたら、人間が悪ということは多々あるな】

【妥協が足りないってわけか】

【おっさんは背負えば赦されると言っている】

【背負ったからといって赦されるわけないだろう。殺人して罪を背負ったといえば赦されるのか】

【言っただけでは背負ったと言えないのでは】


「お前らは悪になりきれないから、背負っただけでは赦されない。妥協が必要だ」


【他の奴の言った言葉に影響されたな】

【おっさんに難しい理屈が分かるわけないだろ。適当に言っているだけ】


 そろそろ締めよう。


「とにかく俺は赦される。それが俺のルールだからだ。悪と言いたければ言え。俺はまごうことなき悪。否定はしない」


【実りのない議論だったな】

【アンチ、大人しかったな】

【生きてるだけで悪というのは昔からあるから。ただおっさんが自分だけは赦されるとか言ったからややこしくなった】

【悪を自覚して生きるなら、それはそれでいいんじゃね】


 みんなが考えてくれたら、それでいい。

 俺だって正解なんか知っちゃいない。

 ただ、俺の心に従って生きている。

 今も昔も。

 生きづらい世の中だ。

 悪を気取って生きるのは悪くないだろ。

 少なくとも善人面して悪事をなすよりは。


 もっと悪を自覚して優しくなってほしい。

 そう思うのは贅沢なことなのだろうか。


 これからも俺は悪を成す。

 それが、存在意義なのだから。

 俺が成す、次の悪はなんだろうな。

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