第2話:虚栄心と宿命・王子の奢侈と姫騎士の苦悩

 確かに私の母親は踊り子でした。

 父上が母を見初めた時、政略結婚とは言え、正室とはまだ新婚だったのです。


 それなのに父上が、たかだか旅芸人に夢中になり、子供まで宿らせたのです。

 正室のオードリー様の内心は、怒りで荒れ狂っていた事でしょう。


 有力侯爵家に生まれた誇りが、オードリー様は怒りを押し殺し、生まれた私を公爵家の役に立つ娘に育てる決意をさせたのでしょう。


 私は物心つく前から厳しい訓練を施されました。

 私が覚えている最初の記憶は、涙を流しながら血の流れる掌で剣を持とうとしている自分自身です。


 オードリー様の目的は、私を王女様の姫騎士に育て、他国に追いやることでした。

 ログレス公爵家に相応しい結婚もさせず、ただ公爵家に役立つ道具として扱おうとしたのです。


 父上は私の事など一顧だにしませんでした。

 父上が執着したのは、母の顔と身体だけでした。

 私が物心ついた時には、母の心はすでに壊れてしまっていました。


 私に優しくしてくれたのは、キャスバル兄上とフェルナンド叔父上だけでした。

 私は一刻も早くログレス公爵家を出ていきたかった

 だから必死で剣技を磨き、王女様の姫騎士に選ばれる努力を重ねました。


 その努力が報われ、ヴェロニカ王女の姫騎士に選ばれました。

 これでやっとログレス公爵家を出て、王宮に居場所を得る事ができました。


 ヴェロニカ王女が他国に嫁がれる時には、この国を出てオードリー様の執念深い憎しみから解放される、そう思っていたのに、想定外の命令を受けてしまったのです。


「聞いているのか?!

 卑しい血筋の筋肉女!

 人間の言葉も理解できんのか⁉」


 ふう、王太子は思い出にひたる事も許してくれません。

 嫌な記憶とは言え、私の人生を大きく分けた出来事です。


 どうしても、ときどき思い出してしまいます。

 特に、同じように嫌な場面では、虚栄心に満ちた服装に身を固めた王子の前では。


 王太子は、奇抜な装飾が施された派手な衣装を身にまとっていました。

 殿下の衣装は、まるで舞台の主役を演じるような目立つデザインであり、虚栄心と身勝手さを際立たせるために厳選されていました。


 殿下は深紅のベルベットのジャケットを着ていました。

 胸元には王家の紋章を大きくあしらい、自己の高貴な血筋を誇示していました。


 大胆な刺繍と高級な宝石が散りばめられており、まるで彼が注目されることを求めているかのようでした。


 下半身には、金箔で装飾された膝丈のショートパンツを履いていました。

 そのパンツは、驚くほど派手な柄や装飾が施されており、まるで殿下の存在そのものが華やかさを主張しているかのようでした。


 足元は、煌びやかなダイヤモンドが散りばめられた革のブーツです。

 そのブーツは、高いヒールと鮮やかな色彩で飾られており、彼の高慢な態度を象徴していました。


 さらに殿下は、羽根や宝石の飾りがついた華やかな帽子を被っています。

 その帽子は、殿下の地位を強調するとともに、自身の存在感をより一層際立たせていました。


 殿下の衣装は、まさに虚栄心と身勝手さの塊であり、周囲の人々に対して自己の優越性を押し付けるような存在でした。


 殿下の派手な装いは、目立つことと自己の重要性を訴えるためにデザインされ、自己中心的な性格を表現しています。


 目の端に映るだけで吐き気がします!


「おのれ、おのれ、おのれ、馬鹿にしおって!

 余に勝ったからといって、それがどうしたのだ!

 剣など王太子にとっては余技でしかないのだ!

 王太子に必要なのは高貴なる血なのだ!

 それを、それを、たった一度余に勝っただけで婚約者だと!」


 確かに、私は王太子に剣の試合で勝ってしまった。

 性格と頭が悪かった王太子の唯一の自慢が、剣の腕だった。


 まあ、当時王子だったトライガに怪我をさせたら大変だと思った側近が、遥かに弱いトライガに負けたふりをしていたのです。


 だから自分を無敵だとトライガは勘違いしていました。

 確かに武芸の訓練を受けていない平民の子供に比べれば強かったでしょう。


 練習相手のケガどころか、死すら考慮せず、騎士の礼儀を守らない下郎の剣だから、未熟な同じ子供相手なら無敵でした。


 特に、一切抵抗を許されない貴族の子供相手なら。

 何人の貴族の子が事故死として葬られた事か……


「くそ、くそ、くそ、これでも喰らえ!」

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