第10話

 つまり、現在進行形で心の声もしっかり聞かれているという事で、盗聴以上の事をされているわけだ。

 そういえば名乗っても居ない!と今更ながら自己紹介すらしていない事に気がついた。

 ニコニコと微笑み続けるロドさんと、額に手を当てて溜息をつくハイルさん。

 という事は、今まで心の中で思っていたような自分の醜い部分から何から何まで隠す事なく全て見られていたという訳だ。誰にも言えないような事も、何もかも。

 しかも十年前からという長い年月、ずっと。

 私が表面上取り繕っていた全てを、ロドさんは分かっていたという事で……。


「あ……」


 素顔を隠していた何重にも重なる仮面を一気に剥ぎ取られた……というか、剥ぎ取られていたという事実に、またも脳内処理が追いつかなくなった私は、睡眠不足もあった為か、そのまま気を失った。







「ミオ!見て!痣がこんなに薄くなってるんだよ!」


 ある意味で安心出来たのか、ゆっくり眠っていたらしく、起きた私の元へお風呂上がりのロドさんは上半身をはだけさせたまま現れた。

 思わず驚きパニックになったけれど、あのおぞましい痣がよく見ないと分からなくなる程に薄くなっているのが目に入り、心が歓喜に震えた。

 しかし私は特にこれと言ってしていない気はする。本当にただ側に居ただけだ。


「ミオの顔色も良くなったね」


 私の頬に手を添え、優しく微笑むロドさんに対し、私も軽い微笑だが偽りではない笑顔を自然に返していた。

 あんな事を聞いて、本来ならば衝撃的なのだろうし、気持ち悪いとか、犯罪だとか、怒り狂うのが正解なのだろう。

 ただ、私はそうでなかった。どこかで安心してしまったのだ。

 相手がロドさんでなかったら、きっとどうして良いのか分からないくらいで、そのまま引きこもったりしたかもしれない。相手が誰であるのかも大事なのかもしれない。

 そして……私の性格もあるのだろう。

 分かってもらえている。

 それだけなのに、それが何よりも安心出来る。

 昔から、今にかけて。そして現在も。

 言い出せない事、言い出しにくい事も含めて全て。

 優しい自分、醜い自分、色んな自分が居て、その全てを引っ括めて私が良いとロドさんは言ってくれるのだ。

 ロドさんを見つめると、分かっていると言わんばかりに手を広げられた。

 私に今必要なのは、少しの勇気なのだろう。そう思って、私はロドさんの胸へ飛び込んだ。

 ここが私の居場所だ。

 優しく抱きしめてくれるロドさんに対し、素直にそう思える。


「あ~……嬉しい」


 心の底から安堵したというような声でロドさんが呟いた。


「ロド様」


 甘い雰囲気の中、ハイルさんが厳しい口調で声をかけてきたかと思うと、ロドさんの纏う空気も変わった気がした。

 顔をあげると、外に禍々しい赤い靄が立ち込めているのが見える。不規則に蠢くその様は鳥肌が立つ程に不気味だ。

 赤い靄の中に黒い影が立ち込め、人の形に2つ出来上がったかと思うと、いきなりそれが実体となり、そのうちの1つが叫びだした。


「おのれ憎々しい!」


 顔を歪めた女性はバルコニーから部屋に入ってこれないのか、外からこちらを凄い形相で睨みつけている。

 もう一人は私に生贄の事を言ってきた女性だったが、こちらはとても辛く苦しそうな表情で顔を歪めていた。


「ミオ……別室で少し待っていてくれるかな?」


 醜いところは見せたくないんだ……。

 薄れゆく意識の中で、ロドさんがそう言った気がした。



「おまえ……まさか……」


 ミオの意識が消失した後、何かに気がついたかのように憎しみを募らせた女は更に眉間にシワを寄せて呻く。

 二人の周囲に立ち込める青い鎖が、二人に絡みつき締め付けるように動く度に、苦しそうに息を吐く女性とは違い、溢れ出た憎悪が痛みよりも苦しみよりも優っているのかもしれない。


「ミオに生臭いところは見せたくないのになぁ……」


 仕方ないと言わんばかりに溜息を吐き、ミオをソファにゆっくりと寝かしつけると、ロドは二人の方を向いて殺気を放ちながら一礼した。


「お久しぶりですね。王妃様……それと……お義姉様?」

「おまえ!何で呪いが解けている!それは確実に死ぬ呪いだった筈なのに!!」

「うるさいなぁ……」


 気怠そうにするロドのはだけた胸元から見えるのは普通の肌のみ。今までそこにあったトライバルのような痣は綺麗さっぱりと消えていた。


「いちいち説明するわけないでしょ。ここは力が全ての世界。呪いを解かれ、呪いをかけられ、それを解除出来ないお前達はどうなるんだろうね?」


 口元を怪しく歪めていても、目は一切笑っていない。

 ロドがかけた青い鎖の呪いは、今この場で正気を保っているだけでも流石だと言いたいほど、魂自体をカタイタチで常に切りつけているかのように傷つけて続けるようなものだ。意識なんて手放しようもなく、もし痛みで手放したところで行き着く先は悪夢。永遠に燃やされ続ける夢の中へいくだけで、夢の中なのに魂の痛みを感じるのだ。結局、起きてようと寝ていようと常に痛みに苛まれるだけ。

 夢に逃げても発狂して起きるだろう。そして、人間は寝ない事により機能不全を起こし、死に至る。

 焦りもあるだろうが、何より脳が休息出来ていない事によりマトモな状況判断もしにくくなっている王妃は、こうやってわざわざ出向いてきたのだろう。

 本当に愚かだ。


「僕はミオだけ居れば良いんだよね。誰かさんが殺そうとしてくれたお陰でミオと出会えたのは感謝してるけど……邪魔だからもういらないよ?」

「うわぁあああああああ!!!!!」


 王妃は狂ったかのように咆哮し、何やら呪を飛ばしてきているが、張られている結界を超える事もできないようだ。

 義姉である王妃の娘は、身体中を震わせ、痛みに耐えているも、そろそろ痛みから意識を失い悪夢の世界へ誘われるだろう。


「あとは王に任せようか」


 ロドが軽く指を動かすと、二人の身体は宙に浮き、そして猛スピードで王の寝ているだろう部屋の方向へ飛んでいった。

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