第9話

 王子という立場だっただけで、常に命を狙われていた。周囲に力のある者を置けるか否かの人脈すらも能力の1つとして見られる。生まれた時はそれで守られていても、母も亡くし、どんどん周囲の者も倒れていく中で十歳の時、命の危機に瀕した。

 護衛も全滅し能力も底を尽き、自分を殺そうと追いかけてくる者から逃げ、既に満身創痍の状態となり、ただただ殺される時間を遅らせているだけなのではと思える程に追い詰められていた。

 もう自分が死ねば良いのではないか、そんな思考が襲いかかってくる中でも、心の奥深くでは生きる事を切実に望んでいた。

 それが生存本能というものなのだろうか。そこで立ち止まっていれば死ぬ事が出来るというのに、逃げて逃げて逃げて……ふと気が付くと、言い表せられないような違和感が身体中を包んだかと思ったら、見覚えのない景色に囲まれていた。

 木々が地面から雄々しく生え、天に向かって伸びている。澄んだ空気に建物は地につき建てられている。


「舞はもうすぐ始まるよ?」


 自分より少し幼いだろう女の子に声をかけられた。

 子どもならば無邪気そうにしていてもおかしくはないのに、その少女の目はどこか死んでいて……自分とどこか似たようなものを感じさせた。


「どこか怪我してるの?……疲れてる?」


 視線を彷徨わせ、視界から情報を集めようとする姿は、子どもらしくない。

 それは自分を守る術なのか、生きる術なのか。その姿にどこか自分を重ねてしまい、胸に痛みが走る。自分を第三者として眺めてしまえば、ここまで痛々しいのかと、そう思える程だった。








「……それ……」


 十年前。舞。その時に会った知らない男の子。

 あれはロドさんだったのか、そう聞こうとしたが、驚きで喉が詰まり言葉が出てこない。

 そんな私の様子に少し微笑みを向けると、ロドさんは懐かしそうに目を細め、更に話し始めた。


 少女は無料で振舞われているという米麹から作った子どもでも飲めるという甘酒を手渡してくれた。

 気遣い、行動する。相手を見て、気づく。とても自分より幼い少女がする事だと思えなかった。

 自分と反映した為か、同情心か、守らなければならない。そんな思いが浮上したのが分かった。

 身体が守られているのは分かる、けれど心までは守られているわけではない。


「あ、舞が始まるよ。空間の歪みを正すと言われる舞が……」

「……空間の歪み……」


 あの全身を襲う不快感は空間を抜けたという事か。

 自分は違う世界へ迷い込んだと言う事なのか。

 だとしたら、その歪みを正すと言う舞が行われれば、向こうの世界へ帰れなくなるのか?それとも強制的に戻される?そうなれば、もうこの少女と会う事はなくなるのか?

 考えをまとめようとしたが、危険のない今この状況に落ち着き疲労が出てきているのか、頭が回らない。

 もういっそなるようになれば良いと思い、少女を見つめると、その目は先ほどまでとは違って、力強く光り輝いていた。


「私も……十年後……」


 ——守りたい——

 一転して抱いた想い。

 希望、望み、目標。生きる為に輝いたその瞳を守りたいと、切に思った。


 シャラン


 鈴の音が鳴る。

 不快な感覚が全身を這いずり回る。歪みから送り込まれた異物もまとめて排除するような舞なのだろう。


 ——必ず——

 ——必ず——


 また会えるよう、少女と自分に楔を打つ。

 舞はずっと伝えられてきただろう中で、少しずつ形を変えているのだろう、細くだが、確実に繋ぐ楔を打つ事が出来た。これが完全な形なのであれば、きっと全てを排除していただろう。


「また会おうね」


 聞こえるか聞こえないか。自分の身体が強制的に戻される瞬間に、少女にそう呟いたが、少女は舞に釘付けだった。そんな姿に少し悲しさを覚えながらも、絶対に手に入れるという気持ちだけを持って、元の世界に戻った。




 ◇




「えっと……」


 ただ、それだけ。言ってしまえば、たったそれだけの事なのだが、想いの丈は伝わってきた。

 死んだような瞳、生きる希望。確かにそうであったと思う事に気恥ずかしさも覚える。


「その時からずっと見ていたんだよ?」


 打ち付けた楔の繋がりで、ずっとずっと私の成長を見ていたと言われ、更に顔が真っ赤になる。

 知らない所からずっと見られていたのだ。

 言い換えるならばストーカー。

 記憶にもない見ず知らずの相手からずっと監視されていたようなものなのに、気持ち悪いとか許せないなんて気持ちより、むしろ恥ずかしさが勝る。


「空間の歪みを直す瞬間が一番手薄だから、その時を狙ってコチラに召喚したんだ」


 こちらも問答無用の誘拐である。いきなり拉致されたようなものなのに、更に顔が赤くなるのが分かる。

 頭の混乱から逃げる為に、舞は本当に必要なものだったんだとか、形が少しずつ変わっているんだとか、そういえば舞を踊れなかったなぁ、なんて事に思考を回避させながらも、自分が今はそこまで舞に固執していない事に気がついた。


「他に生きる意味を見つけてくれたと思って良いのかな?」

「あ……」


 そうかもしれない。

 生贄の意味が違ったとしても、それが今度は自分に与えられた使命のようなものであり、ロドさんが元気になってくれるなら私としても嬉しい。

 誰かの為に何かをする事が当然という感じであったが、今は嬉しいという感情すらある。

 人の為に何かをする事は自分が嬉しいからするんだよ、自分に見返りがあるんだよ。だから人の為に何かをするのは自分の為なんだ。

 そんな言葉を聞いた時は、嬉しくなくても何かしなきゃいけないでしょ、なんて思っていた。

 確かに嫌われたくないからするけれど、今の私は自分の嬉しさがあって行動を起こしている。


「確かに呪いはミオにしか解けないよ……でも嬉しいね」

「……ん?」


 ふとした違和感。今までもあった気がする。私は思わずロドさんを見上げた。

 私、何も言っていないよね?というのを心の中でだけ呟いて。


「楔の力かな」


 にっこりと優しい微笑みで、何でもない事かのようにロドさんが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る