第8話
二人で静かに……穏やかに暮らしていく事だけを望んでいた。ミオをこの世界に喚ぶまで、王子という地位に居ただけにすぎなかっただけなのだが、現状を考えると望ましくない。
「……始末するか」
呟いたところにノックの音が響き、ハイルが入ってきた。
「分かったか?」
「第一王女が王妃である自分の母親と手を組んでの計画でした」
ハイルの情報収集能力は突出しているが、周囲に知られると何をされるか分からない為に隠密での行動も突出させた為に、短時間で仕事をこなす側近となっていた。
やはりというか予想通り、ミオに嫌われてスキが出来ればと思ったそうだ。確かにそのおかげで呪いは増幅してしまったのが悔しいところだ。
自分は第一王子だが、母親は第一側室だが、第一王子を生んだという嫉妬からか既にこの世から旅立っている。
第三側室も亡くなっており、第二王女を産んでいるが、それは第二側室が自分の子どもと一緒に育てているようなものだ。というのも、第二側室が生んだ第三王女は生きているが、第二王子は幼い頃に呪い殺されてしまっているからだ。
三人で慎ましく、王族とは関係ありませんと言わんばかりに仲良く遠い地で療養という名目で暮らしているそうだ。自分もそこに誘われたが、狙われている自分も一緒に行けば苦労をかける事など目に見えてわかっていた。
それに何より……ミオを迎える準備をしたかったのだ。何においても。
あの時から……。
「王妃と第一王女には退場してもらうか」
「王妃が生んだ第三王子はどうされますか?」
「害がないなら放っておく……害がないならな」
二度言った事によって含みを持った言葉の意味をハイルは気がつき、頭を下げると緊急用の呼び出しに使う式神のようなものを置いて、ロドの邪魔をしてはいけないと言わんばかりに退室して行った。
「苦しみぬけ」
奇妙な文言のようなものを唱えると、周囲に黒く細い靄が何本も現れたかと思うと螺旋状の陣を描き、どこかへ向かっていった。
◇
緊張と混乱と心臓が掴まれたかのような苦しみに息が出来ないような感覚。
そんな初めてなる自分の状態にどう対処して良いか分からない私は、結局何も手につかず、夜になっても眠る事すら出来ず、そのまま朝を迎えてしまった。
起こしに来てくれた人が私の顔を見て真っ青になって慌てている程、酷い顔をしているらしい。
人を好きになると楽しくて苦しくて……何も手につかなくなる、夜も眠れなくなる。
なんて、小説や漫画で描写されているのを見て知識としては備わっているけれど、自分の現状がどうなのかが全く分からない。
昨日ロドさんに問いかけられた言葉は、自分の中で正解なのか……自分の想いなのに分からない。
結局答えなど出ない事を延々と悩み続けているだけだ。否、答えはすでに自分の中にあるのだろうけれど見つけられない……なんて、言い訳でしかないのかもしれない。
「ミオ!?」
慌てたように開け放たれた扉と呼ばれた声に身体をビクリと震わせた。
そこに立っていたのはロドさんで、その表情はとても心配そうに慌てていた。
「眠れなかったの?何か心配事?……それとも……」
その先に続く言葉をロドさんは躊躇い、そして一瞬辛そうに表情を歪めたのを見逃す事なく見つけ、そして罪悪感のような胸の痛みがこみ上げた。
「僕の想いは迷惑だった……?」
私は逃げている。
ずっとずっと、逃げる生き方しかして来なかったと思う。
誰にも正面から向き合わず、合わせてしまっていたのは結局そういう事なのではないのか。
真正面から向き合い、受け止めてくれるロドさんと一緒に居た事で、合わせるという事が……失礼な気がするのだ。
そうして合わせてもらうのは楽かもしれないが、結局私が壁を作っていただけだ。
そして何より……ロドさんが求める私は、お人形なんかではなく私自身に対してで、私の心でもあるのだろう。
「どうして……私なんでしょう?」
信用していないわけではない。だけれど……どうしても自分に対する劣等感の方が勝るのだ。
明確な理由がないと自信が持てない、確信が得られないなんて可笑しいとは自分でも思う。
自信なんてものは理由を持って持つものではないからだ。しかし今の私は理由がなければ自分に対して納得する事が出来ない。
身体が震えるけれど、勇気を持ってロドさんの目を見て訴える。
そんな私を見てロドさんは少し困ったように、でも優しく微笑み、ハイルさんに目配せした。
「まず、出会いから話そうか」
出会い?
そう思った瞬間、私はロドさんに抱き抱えられた。
「とりあえずゆっくり出来る状態でね」
そう言って、一人がけのゆったりとしたソファに下ろされた。
「顔色が悪いから、まずは休む事を優先して欲しいけど……ちゃんと話をしないと不安で休めなさそうだね」
ロドさんはそう言いながら今回は私の対面へと座った事から、真面目に話をするつもりなのが伝わった。
そのタイミングでハイルさんがお茶と軽食を運んできた。食べやすい大きさのサンドイッチや果物で、話しながらでも食べられるようにだろう。
自分だけならまだしも、ロドさんまで巻き添えで朝の時間を潰してしまった事に内心慌てつつも、ハイルさんの細かい気がつき、気遣いに感謝した。
今更ながら時間を貰って大丈夫だろうかという心配も込み上げてきたが、ロドさんは時間がなければキチンとそう伝えてくれるだろうと思えるくらいの信用がある。
あくまで信じられないのは自分自身にだけだな、なんて苦笑してしまう。
「あれは……十年前。僕が十歳の時かな」
「十年前?」
何かが頭によぎった気がしたけれど、今はそれを振り払い、ロドさんの話に耳をかたむけた。
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